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選択問題


 連れて行かれた部屋は玖楼くろうの所からずいぶん離れた場所にあった。


 半ば物置と化した一室で、けれど生活感がある。それは戸棚に隠すように置かれたカップ麺や、テーブルに置かれた飲みかけのコップのせいだろう。


 ここが、研究所内で顕治けんじが過ごしている部屋らしい。玖楼の部屋とは雰囲気が対称的だ。


 部屋の奥のソファーまで招き入れられる。そこでかなめは、電源のついたパソコン画面が何かの映像を流しているのに気づいた。


「あれ、これゲーム……?」


 見覚えがある気がして画面を覗く。武装したキャラクターが銃を乱発させている。確か、桐埜きりののところでも見たものだ。


「ああ、それね。最近ハマっているんですよね。知っているんですか?」


「桐埜もやってた──やってました」


「そうですか。偶然もあるものですねえ。そういえば、その桐埜きりのさんは学校サボってるんですかね」


「はい。今日は面倒だから休むと」


「そうでしたか。あ、ほら、そこに座って。アッサムかアールグレイかダージリン。どれにします?」


「全部紅茶……」


「全部紅茶です。だっておいしいですからね?」


 名前は知っているが味の違いが分からないので、適当なものを淹れてもらう。顕治けんじが対面の椅子ではなく床に腰を下ろしたために、要は少し居心地が悪くなった。


 顕治は親戚のおじさんのようなにこやかさで質問してくる。


「それで、寮生活はどうですかね?」


「大変だけど、楽しいです」


「それはよかった。どうやら皆さん元気のいい方たちのようだ。困ったことはないですか?」


「いえ、特には」


「藤沢指揮官──いえ、君も藤沢でしたね──玖楼さんはよくしてくれますか」


「はい。すごく助かってます」


「そうですか。ところで君はさっき、玖楼さんのところから出てきたでしょう。そこで何か(・・)見ませんでしたかね」


「……何か、って?」


 顕治が要の前に紅茶を置いた。そのメガネの下の右目が鋭くなった気がして、要は問い返す。それがまるで、自分の養父に対する疑いのように見えたから。


 自然と語調の荒くなった要に、顕治は苦笑する。


「いえ。私は(・・)、彼に対して何ら含むところはありません。ただね、彼の存在を危険視する者が上にいるのです。この研究所の者達は藤沢玖楼に対して好意的ですが、外部にはそうでない者もいる。そして私はそうした疑惑を無視できる立場にないのです」


「疑惑……?」


「ええ。彼がコレールと母体について、重要な真実を隠しているのではないか。そして我々の予想を超える何かを、秘密裏に進めているのではないかと、ね」


「どういうことですか」


 要の脳裏にあの青い薬の影がかすめる。思わず腰を上げた要を顕治が押し留めた。


「落ち着きなさい。……藤沢玖楼には謎が多い。まず、公式に存在する彼の身分を証明する書類は全て偽造されたものでした。彼を擁護する上層部に問い合わせましたが、未だ明白な返答を得られぬままです。正体不明、どこから来たか、いつからこの戦いに関わっているのかも分からない。そのくせ多くの者から信を得ている……不自然なほどに。だから、私はこう考えています」


 言葉を一度切って、さらに続けた。


「藤沢玖楼は、あの母体を産み出した一族に関わりがあり、その意思を継いでいるでのはないかと」


「…………」


 それは要からすれば突拍子もない話だった。あの母体が産み出されたとはいったいどういうことか。

 ……いや、要はそもそもあの怪物たちのことを、何も知らない。他の寮生はどう聞かされているのだろう。もしかすると彼らも、要と同じように何も知らずに戦っているのかもしれない。


 それは果たして良いことなのだろうか。なぜ、玖楼は何も話してくれないのだろう。

 そんな考えが、要の中に立ち上がる。


 顕治はその思考の動きを見計らったように説明し始めた。


「あの怪物は今から五十年ほど前に、人間の手で人為的に産みだされたものだと言われています。アレを呼び出した一族はアレの封印と引き換えに全滅。分家筋にあった者達──今の上層部です──がその後の管理と対応を引き継いだと。しかし分家の者はアレの詳細を知らない。アレが何なのかも、なんの目的で生まれたのかもね。私は藤沢玖楼こそ、その全てを知る者だと睨んでいるのですよ」


「……何を根拠に」


「彼が今年になって、母体の討伐を急いだからです。

 寮生のため、交渉がようやく上手くいったから。彼はあなた達にそう語った。しかし一つ、彼が口にしなかった事実がある。彼の討伐隊指揮官としての任期が今年で終わるということです。彼は討伐隊が手のうちにある間に事を起こした。そこに、他意はないと本当に言い切れるでしょうか。実を言うとね、交渉自体は数年前に終わっていたのですよ。微細な調整は必要でしたが、それでも、もっと早く計画を進めることはできた。犠牲になった子どもたちを救うことはできたんです」


 それは確かに、始めて聞く話だった。

 寮生は卒業と同時に処分される。去年の三年生ももうこの世にいないだろう。要はすでに失われたそれを極力気にしないようにしてきた。だが、もし彼らが救われる道があったとすれば? その方法を知っていながら、助けなかったのだとしたら。


(玖楼には、本当に何か別の目的があるのかもしれない。そしてその目的こそ、本家がアレを呼び出した理由……?)


 深く思考に入り込み、目の前でラメの入ったネクタイが揺れて要は我に返った。

 そこには顕治が、要に覆いかぶさるようにして立っている。


「私はもう、寮生に一人だって死んでほしくはありません。ですから藤沢玖楼の計画も支持する。けれど、もしも彼が自分の目的のために君たちを利用しているのなら、私は何としても君たちを守る。たとえ研究所マントールから排斥されても。それが嘘偽りない私の願いです」


 彼の目に浮かぶのは、悲痛な優しさだった。


「要君、玖楼さんのことで何か知っていることはありませんかね?」


 最後の念押しというように、顕治が要を見つめる。

 要は口を開きかけ、けれどやはり脳裏をかすめた玖楼の顔を裏切れない。


 結局帰るまで要は、顕治に何も告げることはできなかった。


 外はいつの間にか雨になっていた。天気予報など見ていない要は傘を持っていない。


 すると、顕治が傘を貸してくれた。大き目の、骨がたくさんあるビニール傘。


 それを手渡すとき、顕治はひそめるように要へ囁いた。


「そうそう、祇遥ぎよう桐埜きりのには気をつけたほうがいい。彼女は得体が知れません」


 思わず顔を見返した要に、笑って言う。


「彼女は他の者達のように極秘裏の検査に引っかかって研究所マントールに発見されたのではないのですよ。彼女は自分から研究所マントールのドアを叩いた。

 彼女の罪はまだ世間に露見していない。

 ──祇遥ぎよう桐埜きりのの殺人はね、誰にも見咎められなかった、完全犯罪だったのですよ」



   ◇  ◆  ◇



 雨の中を一人帰る。顕治が貸してくれた傘は透明で、白っぽい幕の向こうに見慣れた景色があるのは変な気分だ。


 まだ学校が終わるには早い時間だからか、すれ違う人も少ない。

 一人だけの道をゆったり進む。寮の前には、オレンジの傘が花開いて立ち尽くしていた。その影には一人の少女が。


「何やってるの桐埜きりの


「はぁ? 何ってお迎えでっすけど? ほらこっち」


 引っ張られて玄関前に連れて行かれる。屋根があるので傘を閉じると、桐埜にそれをぶん取られた。


「なにこの傘」


顕治けんじが貸してくれた」


沼端ぬばたが? ふぅん。他に物もらってないよね」


「うわっ」


「動っかない。じっとする」


 ズボンのポケットに手を突っ込まれてまで調べられる。動くなと釘を刺されれば従うしかない。桐埜は始めて見る勤勉さでボディーチェックを終え、今度は要の手を掴んで引っ張った。


「大丈夫そう。ほら、これ以上濡れたらやっだし、中いこ」


 玄関の中に傘立てがあるのになぜ顕治の傘だけ外に立てかけたままにするのか。一瞬だけ気になったが、視界から傘が消えるとそんな些細なことはどうでもよくなる。


 桐埜がくれたタオルで足元を拭いた。これ以上、と言っていたわりに桐埜は少しも濡れていない。もしかすると、あれは要のことを言っていたのだろうか。


「んでぇ? 研究所で何を見ったのかな?」


「…………」


 ちょっと見直した途端にそんな質問をされ、要は唇を尖らせる。


「なんでみんな、俺にそんなこと聞くんだ」


「あらっ、思ったのと違う反応。う~ん。ここではっぐらかしても意味ないか」


「?」


「要、これから言うこと、内緒にできる?」


 人差し指を唇に当て少女が言う。要はそれにしっかりと頷いた。

 桐埜がよしきたと笑う。


「他の誰かが要にそんなこと聞く理由は知っらない。でも私が要を頼るのは、要が私の希望だから」


「…………?」


「ふふっ、料理の味付け以外はなっんでもこなしちゃう天才桐埜ちゃんだけど、一番得意なのは占いなんだよねぇ。そんっで、その占いによると、要はこの戦いを勝利に導くたっめの希望なわけ」


「俺が、希望……?」


「そ、私はこの戦いに絶っ対勝って、全部終わらせる気でいる。そのためには要が必要不可欠」


「俺に研究所のこと探らせたのは信用してるから?」


「それが半分。……要がカワイイおんにゃのこならもうちょいテンション上っがるんだけど。

 で、あっとの半分は、私が研究所マントールを信用してないからかな。さて、私の理由は話したけど、どう? 要は話してくれる?」


「…………」


 口元だけに笑みを浮かべ見つめてくる桐埜に思わず黙り込む。

 頭の中には今日一日のことがぐるぐる回っていた。豹変したように怒鳴った玖楼のこと、桐埜を警戒しろという顕治の顔、そして、研究所マントールを疑う桐埜。


 何を信じて、何を疑えばいいのか。それほど頭に自信のない要には分からない。


 ただ、桐埜が自分に嘘を吐いているとは、どうしても思えない。


 だから要は、桐埜に今日見た全てを話してしまうことにした。


 ◇  ◆  ◇


「なるほっど。光って見えるお薬に? おんなじゲームの画面。ははっ、こっりゃあ思ってたより面倒臭いなあ」


 話を聞いた桐埜が背伸びをして苦笑する。

 その反応にどう返していいか分からない要を尻目に、桐埜は伸びたまま身体をぐるぐる回す。


「う~ん、ガラじゃなっいけど、勝つためには頑張らないとっかなぁ。あ、ありがとね要。だいぶ今後の方針が掴めた。

 そうそう、要は誤解してたみったいだけどさ、あのゲーム、オートモードなっんてないんだよ。私が勝手にプログラム割り込ませて動くようにしてたチート。じゃね」


 桐埜はそう言い残して、手をひらひらさせながら階段を上がっていった。

 一人になった要は首を傾げる。


(じゃあ、顕治の部屋で見たあれはなんだったのだろう)


 浮かぶ疑問の答えは出ないまま。他の寮生が帰宅してくる時間になってしまい、サボりを怒られていたらもう忘れてしまった。



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