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狼は強かに


 六月に入って力を取り戻し始めていた太陽は、梅雨前線に吹き飛ばされたかのように姿を消した。


 始めは曇りの日が続くばかりだったが徐々に雨が降り始め、月の折り返しでは記録的な豪雨が日本列島に降り注いだ。特に近畿地方では日射不足で作物に影響が出ているらしい。


 大雨こそ一日で終わったが、今もその名残というように小雨の日が続いている。


 それは、十区の母体を討伐する予定だった六月二十日も同じだった。


   ◇  ◆  ◇


 窓の外に見える絹のような雨粒に、要はいつもより早くラウンジへと降りて行った。


 せっかく数日前から準備してきた作戦も、肝心の母体が現れなければ意味がない。それにここ数日は雨でコレール退治も中止になっていた。思いがけず連休をもらった気分だ。おかげで身体がなまっている気がする。


 ラウンジのソファーには数人の人影があった。玖楼くろうの姿もある。少年が彼らに駆け寄ろうとすると、後ろから首根っこを掴まれた。


「はい、待ちー」

「ぬぐおっ、桐埜きりの……? 苦しい」

「今あそこ、近づいったら駄目ですよぉ。かなめはこっち」


 なぜか集団から二メートルほど離れた椅子に桐埜がダラリともたれかかっていた。彼女に隣の椅子を勧められる。玖楼たちは何やら真剣に話し合っていて少年に気付いていない。


 要は大人しく引かれるまま椅子に腰を下ろした。


「みんな何やってるの?」


「人狼ゲームだそうでさぁ」


 小声で訊くと、桐埜きりのは玖楼たちが囲むテーブルを注視しながら教えてくれる。その眼には珍しく興味深げな光が灯っていた。


「じんろうゲームってなに」


「ん〜、アナログゲーは詳しくないけど、たぶんテーブルロールプレイングゲーム? 与えられた役になりきって自分の陣営を勝利に導く心理ゲームね。今は村人たちの中に紛れ込んだ悪い狼を探し出して吊るし首にする作業の真っ最中」


 説明されて玖楼たちを見る。参加者は六人、驚くべきことに桐埜と要以外の全員がゲームに参加している。


 みんな周囲の人間を探るように見渡し、狼だの吊るだの言っている。どうやら議論は白熱しているようだった。


「なんか怖い」


「そっでもないけど。誰がどの役職か分っかんないゲームだから、基本は陣営同士の騙し合い。頭使えて楽しい」


「桐埜は混ざらないの?」


「岡目八目って実感あります? こういうのは傍から見てるのが一っ番、よくわかる(・・・)。いろいろとね」


「……桐埜」


「なんでっすぅ?」


「ずっと思ってたけど、敬語っぽいそれ、面倒なら必要ないよ」


「あー……うん、そういうこと。あざーっす」


 桐埜が虚を突かれたみたいに苦笑する。要も真似して笑って、ゲームをする面々へ目を向けた。


「で、どう進めるの?」


「昼がみんなで狼は誰だな相談タッーイム。投票で怪しいって選ばれた一人は晒しっ首。夜は人狼だけ起きて一人食い殺す。それ繰り返して狼と村人が同数になったら人狼の勝ち。人狼が全滅すると村人の勝ちなわけ。あ、今回は人狼一匹だけね」


「その一匹をあぶり出すってことか。今は昼……かな」


「そっ。しかもなにげにこれ三戦目。ちな要のお義父さんは三回とも人狼で村人全滅させたから、一日目に満場一致で吊られて退場してる。でも今回は村人側だったって。役職はランダムなのに運がなっいねぇ」


 桐埜が胸ポケットにさしていた筆ペンと長方形の和紙を取り出して絵を書いてくれる。二人の村人と人狼が一匹。それから水晶玉を覗く人と、盾と剣を持った人間も一人ずついる。これがそれぞれの役職というものらしい。絵が上手い。濃淡もないインクなのによく特徴が分かる。


 しかしこの少女、なぜ筆ペンと和紙など持ち歩いているのか。


 桐埜が水晶玉を持った人の絵にバツ印を付ける。これが吊られて退場した玖楼の役職だったのだろう。


「今の話し合いはまだ二日目なわけ。他人の役職調べられる占い師が初日に死んだから、みんな疑心暗鬼で話が混線しっまくり」


「ん? 人狼は夜に一人食べるんだよな」


「そっ」


「人数おかしくない?」


「ああ、毎晩一人選んで人狼から守れる騎士っていう役職あってさ。それが偶然ヒットで成功したわけ。今分かってるのは、ひらちょ先輩がその騎士ってことと、ざーさえ先輩が昨日狙われた村人ってこと。他はみんな自分は村人って言い合ってる。あーおっもしろ」


 ニヤニヤとご満悦である。言い争う者達を見るのがよほど楽しいらしい。

 要もじっと観察してみるが、どこにそんな笑える要素があるか分からない。


 苛立ちを募らせた啼臣が眼鏡を押し上げ拳を握っている。


「くっ、これ以上犠牲者を出すわけにはいかん! 人狼は名乗り出ろ! おれが吊ってやる!」


「うるっせえぞっ啼臣! ゲーム崩壊するようなこと言ってんじゃねえっ!」


「二人、とも……うるさ……声大きい…………です」


「落ち着いて倉科くらしなくん、諫戸くん。挟まれた宇賀くんが怯えているわ。負け続きで悔しいのは分かるけれど、人狼も好きで人を食べているわけではないわ。共存の道はあるはずよ」


「そういうゲームやないんですよ紗枝さえ先輩……」


「そうだったかしら? 大丈夫よ、いざとなったら私が食べられればいいんだもの」


「紗枝先輩が最初っからそげんこつ言い続けるから襲われるんです! 先輩は、騎士のこのうちが責任持って守りますから」


「ふふ、ありがとう。あら、宇賀くん大丈夫? 疲れてしまったかしら。母体戦は中止でしょうし、先に休んでもいいのよ?」


「……ご、ごめん……なさい。うぅ……いっそ村人も、人狼も……みんな村ごと消してしまえばいいんだ…………。もう……やだ。ボクには重いよ……」


「おい宇賀ぁ、なにボソボソ喋ってやがるっ。腹から声出せよっ」


「ひっ……」


 と、こんな具合に話し合いは混沌を極めていた。それに各々自由に喋るので、複数の声がかぶさって聞き取りづらい。


「ね、おっもしろいっしょ。みんな性格出すぎ」


 そう桐埜に言われても、要は首を傾げることしかできなかった。





 そうしてゲームは進み半数が脱落した。

 三日目の話し合いがスタートしようとしたその時、乱入者が現れる。


「おやおや、雨も止まないというのに皆さんお集まりで。楽しそうだ。何かのゲームですかね」


 明るく笑い片目を瞑って玄関からやって来るのは、研究所マントールの技師であり討伐隊の指揮官補佐も務める沼端ぬばた顕治けんじだ。オールバックにしたおでこが照明に照らされて眩しい。


 要は彼が直立しているところを始めて見た。いつも地べたに体育座りしている様子しか知らなかったのだ。意外と身長が高い。


 彼が玄関を開けた瞬間、桐埜が筆ペンを仕舞い紙をくしゃくしゃに丸めてしまった。上手く描けていたのにもったいないと思いつつ、その動きがあまりにひそやかで、要は見てはいけないものを見た思いで視線をそらす。


 顕治けんじは靴音を鳴らして玖楼のもとに歩み寄った。そしてにこやかに一礼して小さく告げる。


「指揮官、少しお話したいことが」


「分かりました。──じゃあみんな、僕はこれで」


「勝ち逃げか! 大人のくせに卑怯な!」


「いや倉科くらしな君、僕一番に吊られただろう。敗者が一足お先に退場するだけさ」


 全員に見送られて玖楼が立ち上がる。顕治はその後ろに付き従って行った。


 恐らく主催者であった玖楼が消えて、ゲームはうやむやになった。ギャリッグウールも起こらない以上、寮生が顔を突き合わせて夜更かししている理由はない。


 一人一人と席を立ち、この日はこれで解散となった。



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