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隠匿されてきた真実


 しばしの沈黙が流れる。その静寂は無意味な時間の浪費ではない。言葉の意味を受け取り、検討し、咀嚼そしゃくするのに必要な静けさだ。


 だが、ただそれだけで事態を把握できたのは二、三名だけだ。要はもちろん、ほとんどの寮生は頭を抱えた。


「おい藤沢ぁ。もちっと分かりやすく説明しろやっ」


「そうです。唐突にそのようなことを言われましても……」


 年長者としての責任感からか、三年生の二人が説明を求めた。片方は睨みつけるように、もう片方は相手の出方を窺うように。しかし事実の発言者たる玖楼くろうは落ち着いたものだった。


「言葉の通りだ。君たちは研究所マントールからいくつかの条件を出されてここに来たのだと思う。共通するのは、表社会では死者としての立場に甘んじろということ。そして二度とこの町から外に出ない、身体しんたいの拘束に同意した。

 その代わりに破額のメリットが提示されたはずだ。例えば遺してきた遺族への金銭的支援、マスコミ等からの保護。あるいは自身の痕跡を抹消なんてのも。人によってそれはそれぞれだね。昔は土地の永続的占有権取得、とある後援団体への高額寄付なんてものもあったかな」


 あくまで穏やかに滔々《とうとう》と語る。喋り方はいつも通りなのに、その視線は聴く者の逃げ道を一つずつ潰していくように周到で、得体の知れない悪寒が皆を襲い始めていた。


「……っ、さっさと本題に入れよっ」


 肝心の部分に触れない不快感に耐えられなくなった諫戸いさどが苛立ちをぶつける。貧乏ゆすりを抑えるように膝を握りしめる彼を見ていて、要は違和感を覚えた。こういう時、一番に噛みついてくるはずの啼臣ていしんが押し黙ったままだ。さりげなく窺うと、啼臣は眼鏡の奥の表情を変えないまま腕を組み、ソファーにふんぞり返って事態を静観していた。


 要も、語られる条件とは関係なくこの寮に来たせいか、玖楼の話よりも寮生の反応が気になってしまう。


「落ち着きなさい諫戸いさど君。これはただの確認作業に過ぎない。そう、本題はここからだよ」


 玖楼が体重を預けている杖を強く握った。


「まず誤解なきよう、断りを入れよう。研究所マントールはそれら支援を契約通り履行している。たとえ本人が戦闘により死亡しても、対象が死亡、解散、自然崩壊等するまで援助は継続される。そこは安心してくれ」


 力強く断言された。するとあからさまにほっと息をつく少女がいる。啼臣の横にいた千夜ちよだ。彼女は研究所マントールに何かの保護を願ったのだろうか。千夜の他に表情を変える者はいない。


「ただ一つ、研究所マントールは嘘をついている。クロワは言ってしまえば高校生の間しか使えない力だ。つまり卒業後はコレールとの戦いから解放されることを意味する。だから卒業後は一市民としてこの町で生活と仕事を保証される。研究所マントールはそう言ったはずだ。だが実際はそうじゃない。戦えなくなった寮生は卒業と同時に研究所マントールによって処刑される。用済みになった不要の人材として」


「……おいっ、ちょっと待て、じゃあ先輩はっ!? 二年前に卒業した先輩はっ」


「そうですっ、彼女は町で仕事をしていると──」


 三年生が立ち上がる。彼らには二つ上に女性の先輩がいたという。彼らにとってはたった一人の先輩だった。思い入れは強いだろう。その人間が殺されたとなれば、その事実を疑いたくなるのも仕方がない。


 だが真実は無慈悲に。淡々と告げられる。


「処分されたよ、もちろん。彼女も直前まで殺されるとは知らなかったけれどね」


「テメエっ!」


 諫戸が玖楼くろうに掴みかかる。突然の衝撃に玖楼が杖を取り落とした。見た目よりもずっと硬質な杖が床を叩き、甲高い音が響く。えり首を掴んだ諫戸が彼に怒りをぶつける。


「今までもそうやって澄ました顔で寮生騙して殺してたってのかよっ! どうしてそんなっ」


「どうして? 分からないかな。生かすメリットがないからだよ。殺されると分かっていてコレール討伐に協力する人間がそうそういるとでも? だから美味しい条件で子供を追い詰めそそのかす。それが研究所マントールの手口さ。だが寮の事情を知っている者を増やすのは秘密保持の観点からすれば悪手らしい」


「だからってっ! 希望を見せて奪うような非道をっ、四十年も続けてたってのか!」


「──藤沢指揮官が寮生に関わるようになったのは、指揮についたここ十年のことですよ」


 そう割って入ったのは体育座りで静観していた顕治けんじだった。顕治が杖を拾い上げ、玖楼の手に握らせる。つむっていない方の片目は玖楼を見つめている。


「それが何だってっ──」


 なおも掴みかかろうとした諫戸を顕治は片手で制し、寮生を見渡したあと再び玖楼へ視線を向ける。


「十年、何も変えられなかったということです。そして藤沢指揮官。その十年の苦悩の結果が、今年なのでしょう? あなたが上層部と繰り返していたやりとりがここ最近激しくなっていたことは、こちらでも掴んでいるんですよ。いいかげん、あなたの真意を語りませんかね」


 顕治が寮生側へ一歩下がる。あくまで玖楼の言葉を待つ。その姿勢に、他の面々も渋々従った。

 玖楼は一呼吸置き、襟を正して顔を上げる。


「僕たちの最終的な目的は母体の討伐だ」


「母体……?」


 聞き慣れない言葉に要が呟く。どうやら知らないのは要だけらしい。玖楼が一瞬だけ要に視線を送り、頷く。


「みんな知っての通り、母体はコレールを生み出す存在だ。各区に一体ずつ。総計十二体の母体たち。歴代の寮生の活躍で、残りは六体。新月の夜にだけ姿を現すそれらを倒せば、この長きに渡る戦いは終焉を迎える」


 コレールは無秩序に生まれるわけではない。それらを生む根源が存在している。元をてば供給が消え、戦う必要もなくなる。自明の理であった。しかしことはそう簡単には運ばない。


「だが母体はコレールなんかよりもずっと強力だ。いつものツーマンセルなら手も足も出ないほどに。僕が指揮官になってからの十年は、戦力が少なすぎた。だからずっと母体たちの調査に徹するしかなかった」


 悔し気に唇を噛む。だが次の瞬間その瞳に光が灯った。杖を地面に突きつける。カンッと重い響きが寮生の意識を捉えた。


「けれど、時は満ちた! 今は歴代で最も人員が多く、クロワの質も申し分ない。これなら戦える。君たちならば誰一人脱落することなく、母体を全て倒しきることができる!」


 空いているほうの手で空を斬る。そして今度はその手を強く握り締めた。それは何かを掴まんとするように。これまで耐えてきた物をこの一瞬に込めるようでもあった。

 そして藤沢ふじさわ玖楼くろうは宣告する。


「この時をずっと待っていた……。

 君たちへの任務は、この一年間で母体を全て討ち倒すことだ。そうすることで君たちの卒業後の命を保証させる」


 見たこともない玖楼の覇気に、言葉を失う。今まで彼を責めていた諫戸も口を閉ざした。痛いくらいに強く握り締められた玖楼の拳に、彼の十年間の憤りが透けて見えてしまうから。


 黙った子どもたちの代わりと言うように、顕治が眼鏡を押し上げる。


「上層部と交渉していたのは、その条件を呑ませるため……ですかね」


「そうです。この戦いを始めた上の連中は、自分たちの保身と金のことしか考えてない。国から降りる補助金目当てに、今までは戦いを引き延ばす方針を取っていた。でも彼らももう老い先が短くなってきた。この戦いを終わらせることができれば、国からの毎年の予算なんかとは桁違いの報酬が出るよう約束を取り付けることができた。つまり君たちの命を握る連中にとって、この戦いは引き延ばすよりも終わらせるほうが利益がでかい。そこまで舞台を整え、餌をぶらつかせて彼らと交渉に望み、そして条件付きながらも権利を得た!」


 玖楼が再び吼える。視線が一人一人にそそがれる。そこには強い決意があった。寮生が思わず息を止め、彼の言葉を待つほどに。


「期限は約一年。今年の三月三十一日まで。それまでに母体を全て倒しこの戦いを終わらせれば、寮生の処刑はまぬがれる! それが君たちの生き残る道。やる、やらないではない。やらねばならない! 君たちのためだけじゃない。今後、同じように騙され命を奪われる者が現れないためにも。これはこの不毛な悲劇の連鎖を終息させる最後のチャンスだっ!」


 また鼓舞こぶするように杖が鳴る。その音は建物にだけじゃない、人々の心にも強く響いた。


「緑輪寮はこれまでただの監獄だった。だがこれからは違う。世界を救い、人々を救う。その拠点だ。僕は誓おう。僕が必ず君たちを勝たせる! 君たちの怒りを、閉ざされる命運を、そして犠牲となってきた全ての寮生の無念を晴らす。過去も未来も、君たちの手の届くありったけがこの一年で前途を決める。敵は強大だ。勝てても辛勝だろう。無傷で済むほど甘くはない。その奇跡にも似た勝利を六度、僕たちは積み重ねなくてはならない。

 これは誰が見ても不可能と嘲笑あざわらうほどの偉業だ。この条件を出した者達も君たちに期待なんかしていない。かつての緑輪寮生だって誰もが不可能だと嘆くだろう。だがそれがどうした。

 今ここにもう一度約束する。必ず僕が君たちを勝たせる。君たちは生きて英雄になるんだ! そのためにどうか、力を貸してくれ!」


 要が自分の胸に手を当てる。心音は強く、鼓動は早い。それは初日の恐怖よりも、諫戸と言い争った悲しみよりも強烈に荒れ狂う。

 間違いなく、それは希望の拍動だった。



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