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爆発


 コレール退治は毎晩行われる。体調不良などで休みを許されることもあるが、基本的に寮生は全員強制参加が義務付けられている。なぜなら、それこそが彼らがこの寮に集められた理由だからだ。


 だからこの日も当たり前のようにくじ引きが始まる。他の寮生が二人一組を作り、その後に要がどこの班に入るかが決まる。そうして要が引いた班員は、啼臣ていしん諫戸いさどの二人だった。


「よろしく啼臣」


「ああ、精々足手まといにならないように足掻くことだ。ふっ、たとえお前が使えなくても関係なく、コレールなどおれが全て退治してやるがな!」


「頼もしいや。諫戸先輩もよろしくお願いします」


「……チッ」


 どうやっているのかキラリと眼鏡を輝かせる啼臣と対称的に、諫戸は嫌な顔を隠しもしない。そんな諫戸に臆せず、要はむしろ距離を詰める。


「同じ班になるのは初日──いや初めてだ。諫戸先輩、クロワの使い方を指導してくれませんか。まだ上手く使えなくて」


 真っ正面から諫戸を見つめる。しかし諫戸は視線が合うとあからさまに眉を寄せ、要を顎で示しながら紗枝さえに声を投げかけた。


「おい風杖かざえっ、俺と班変われ。もしくはこの新人を引き取れ」


「何を言っているの諫戸くん。公正なくじ引きの結果を変更することはできないわ。諫戸くんが要くんに何か思う所があるのは分かる。けれどこれからずっとそうやって彼を避けるつもり? 同じ寮生なのだから、そういう態度は問題よ」


「こいつが突っかかってくるのが悪ぃんだろうがっ」


 と要を睨みつける。要はそれに言い返そうとしたが、なぜか啼臣が前に出てきた。


諫戸いさど僚介りょうすけ。貴様一人の我がままになどおれは興味がない。だが戦う意思がないのであれば、貴様はただの罪人だ。その辺りで首でも吊ってこい」


「ああっ!? 戦うことに不満なんてねぇよ! 俺はコイツが気に入らねぇって言ってんだ!」


「気に食わない人間の存在程度で使命を投げ出すやからなど戦力にならんと言っているのだ。大義の前に個人の感傷など必要ない」


「んだとっ!?」


 いつもの不愛想な顔でため息をつく啼臣の襟首を諫戸が掴む。一触即発の空気だ。要は二人の間に割って入った。


「待て。俺のことでなんで二人が喧嘩するんだ。俺はヒロインじゃない。俺に文句あるなら俺に言ってください」


 啼臣を押し出して諫戸に向き合う。


「俺が嫌いならそれでいい。啼臣と喧嘩するのも、啼臣のこと嫌いならいいんだ。でも諫戸先輩、俺はともかく他の寮生のこと好きでしょ?」


「はあっ!?」


 要の理論は想定外だったらしい。諫戸は面食らって目を丸くしつつ否定し始めた。


「なに意味分かんねぇこと言ってんだっ。俺がこの寮にいるのはコレールを退治するためで、それ以上でもそれ以下でもねぇっ。寮生との付き合いもそのためだ。好きなんてありえねぇ! 嫌いだが戦いのために仕方なく文句言わずにおいてやってんだよ!!」


「嘘だそれ」


「何の根拠があって、んな妄想ができんだ!?」


「だって寮生のこと嫌いなら、みんなのこと心配も手助けもしない。それに何より、『エス極先輩』なんて変なあだ名を許すわけない」


「なっ──」


 諫戸が絶句する。そこかよ、という言葉が良識ある数名の寮生の頭にもよぎった。そのあだ名で呼ぶ当の本人は視線も向けずに「変とかどいひー」と言うだけで携帯ゲーム機をピコピコやっている。完全に無関心を決め込むようである。


「てっ、訂正すんのも面倒だからだ!! こっちが折れねぇともっと意味わからん呼び方するタイプだろああいうのはっ!」


「ほら優しい」


「はあっ!?」


 桐埜を指差す諫戸に、要はさらに近寄った。


「なんで大切なものを大切にしようとしないんですか。俺たち(・・・)はもう間違えたくないからここにいるはずなのに。どうして過ちを引きずり続けるんだ」


「何も知らねぇやつが人の行動に口出ししてんじゃ──」


「知ってる」


「はっ──?」


「知ってます。諫戸いさど僚介りょうすけの事情は、知ってる。聴いたから」


 激昂げっこうしかけた諫戸が動きを止める。その困惑に歪んだ表情はすぐにはっと何かに気付いて憤怒へと変わった。


「藤沢っあの野郎ぉっ!! 研究所マントールの守秘義務はどこに捨てやがったっ」


「俺が無理に訊いたんだ。あんたが知らないことを笠に着て他人を突き離そうとするから。人が嘘を吐くのは何かを守るためだってドラマで見た。先輩が寮生を大切じゃないっていうなら、守ってるのは自分に他ならない。……罪を犯した自分がまだ可愛い?」


 要のその発言で諫戸の空気が変わる。初めて見たが要には分かった。表情が消え唇だけが震えている。怒りが振りきれた人間の顔だ。諫戸は無言で要の前に立ち拳を握る。


 しかしその拳が振り下ろされることはなかった。


 諫戸は何か逡巡しゅんじゅんしていたが、舌打ちを一つ残して要に背を向け、寮からとび出して行ってしまった。


「ちょっ、諫戸くん!? ギャリッグウール前なのよ!?」


 紗枝の静止も届かない。扉が勢いよく閉まる音がラウンジに響く。その音の余韻が消えてしまう前に、要はもう走り出していた。自分の武器を背負い、諫戸を追って外へ出る。もうその背中は見えない。


 雨でも降る前なのか空気は湿っていて、空は曇って月明りもない。要は迷ったあげく街灯の光を頼りに真っすぐ駆けだした。


   ◇  ◆  ◇


「二人とも行ってもうた……。どうします紗枝先輩。うちらも追いかけますよね? 同じ隊のメンバーだし」


 心配そうにそわそわと外と紗枝を交互に見つつ、千夜が問う。足は今にも踏み出しそうだが、寮長である紗枝の指示を仰ぐべきという思いが彼女をとどまらせていた。


 そんな千夜と対称的に、班員が両方いなくなった啼臣はふんぞり返って武器を手に取る。


「放っておけ。おれは一人でも自分の持ち場に行くぞ。コレールは増殖を止めないのだから」


「啼臣! でもうちらは仲間で──」


「おれたちは利害が一致しているから協力しているだけだ。奴自身が言っていただろう、敵対する理由はないが、必要以上に慣れ合う必要もない。所詮しょせん罪人の寄せ集めだ。仲間意識など持つな」


「あんたホント言いかた考えんば! うちだって怒るよ!?」


 紗枝は言い争う二年生を見て、少しうつむき握ったインカムへ視線を向ける。電源は入っているが通信がある様子がない。先ほどのやりとりは研究所マントールにも届いているはずだが、なぜか指示がなかった。


 紗枝は迷いながら呟く。


「……倉科くんの言うことも正しいわ。コレール退治をおろそかにすることはできない」


「でも! 諫戸先輩、自分の剣置いてっちゃってますよ? 要君だってまだクロワに慣れてないのにっ」


 千夜が壁際を示す。そこには諫戸の大剣が放置されていた。あと三十分もせずにギャリッグウールが始まるというのに、彼は武器を忘れて行ったのだ。それを見て紗枝が玄関を振り返る。追うべきか否か。研究所マントールの指揮官が沈黙している以上、決めるのは最上級生であり寮長である紗枝だ。その決定権をどう扱うべきか、考えていると今度は、ゲームをしていた桐埜が他人事のように言った。


「でぇもぉ、二人ともインカムは付けてってましたねー。だんまりな研究所マントールはそっちに指示出しやってんじゃないの」


 区切りよく敵を撃破したらしい桐埜が顔を上げて紗枝を見る。じっと自分を見つめるその視線と言葉の意味に、紗枝は遅れて気がついた。


「えっ? あっ、そっか一人行動だから……。そうね、大丈夫よ。諫戸くんもあれで理性は残っていたようだし。研究所マントールと連絡できるならコレールを避けて移動できる。いざとなれば保護してもらうこともできるわ。私たちは私たちの仕事をこなしましょう」


 普段はインカムを付けない諫戸がそれをした。彼は以前から言っていた。コレール退治の相方が付けているなら自分まで着ける必要はないと。だが今回は一人だから付けて行った。そこを判断できる思考力が残っているのならば、諫戸も無茶はすまい。


 紗枝はそう約二年間を共に戦った同級生を信じ、彼を研究所と要に任せることに決めた。




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