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 休日とは瞬きする間に消えていく、儚い存在である。連休ならばその限りではないだろうと思っていても本質は同じ。


 かなめが道を覚えようと寮の周辺を迷っ──散策していると、四日間はあっという間に過ぎてしまった。


 寝て覚めれば学校も始まる、日曜日の夜。五月六日、連休最後のギャリッグウールは、女子二人と一緒になった。


「なんか今日、むっちゃ暇やない?」


 千夜ちよが鈍銀色の金棒かなぼうを頭上で大きく振り回し、地面に突き立てた。見た目通りよほどの重量があるのか、真横に立っていた要の足元に振動が伝わってくる。さらに千夜は高校球児がそうするように素振りを始めた。まばらに生えた鈍いとげの風を切るえげつない音がする。要は彼女の傍をそっと離れた。


 離れた先では持っていた斧を脇に置き、バス停のベンチに腰掛ける桐埜きりのがいる。桐埜はオレンジがかった髪を左右にゆらゆら揺らしながら千夜のぼやきに答える。


「たーしかに、コレール少ないでっすねぇ。低級がパラパラいるだけ。これ完全にシフトミスったっしょ」


 わざと大きなため息を吐きながら冷ややかに笑う。かなめも同意見だった。


 要もギャリッグウールに入るのはこれで六回目なので、ちょっとずつその内情が分かってきた。コレールは一度に現れるのではなく、毎日少しずつ発生する。弱いものから順に、溜まれば溜まるほど強力なコレールが出現するようになるという。


 出現するのは、ちょうど街の中心にある学校を軸にして、穴あきドーナツを置いたような範囲だ。その範囲は十二の区画に分けられ、それぞれ姿の違うコレールが出る。


 寮生はコレールの溜まった区画から優先してコレールを討伐していた。するとちょうど一つの区画は数日おきに掃討されることになる。区画によっては出現率が違うため、そこを計算してコレールの溜まった方へ寮生を向かわせるのも、研究所マントールの役目であった。


 今日配属されたのは寮から一番近い第七区画。ヤギの角を生やした巨豚のコレールが出現する場所だ。しかし肝心のコレールの姿が少ない。ギャリッグウールが始まって三十分は経っているのに、要は敵影をまだ二匹しか見ていなかった。


 珍しいこともあるのだなと首を傾げると、今日貰ったばかりの新しいインカムに通信が入る。研究所マントールはギャリッグウールの間、指示出しのために常時寮生を観測しているのだ。その指揮を行う玖楼くろうからは時々こうして通信が入る。


 遠いノイズの後に、三人のインカムに玖楼の声が届いた。


『シフトって桐埜きりのくん、アルバイトじゃないんだよ。場所指定に失敗したのは……まあ…………ごめんだけれど』


 どんどん小さくなる声量に桐埜がまた笑う。


「やっぱミスですかぁ? なぁんだ、息子のいる班だから甘やかしてんのかと思いましたよ」


『討伐任務に私情を挟むわけないだろうっ?』


 頭痛を堪えるような声。眉間のしわを親指の腹で撫でる玖楼の姿が目に浮かぶようだった。その声があまりに苦々しげだったからだろう、千夜がフォローするように明るく話に入ってくる。


「でもちょうどいいんじゃありません? かなめ君もまだクロワの使い方慣れとらんし」


「うっ」


「あっ、ごめん……」


 玖楼をおもんばかる言葉が、今度は要の胸に刺さった。


 要のクロワは何かがおかしい。ようやく手に馴染んできた剣を素振りしながら考える。


 クロワは一人一属性、それが原則なのだという。しかし要のクロワは一つではない。最初は木と地の二つと思われた。けれどそれも毎回使えるわけではない。その後もクロワの種類は安定しない。研究所マントールによれば、こんなことは前代未聞だという。


 唯一確からしいのは、要のクロワはどうやら同じ区画にいう寮生のクロワを反映しているということだけだ。初回は紗枝と諫戸のクロワを。そして今は、千夜の力と、桐埜の水。


 要は試しに剣を思い切り地面に振り下ろしてみた。薪でも割る要領で身体ごと大きく動かす。すると地面にヒビが入り足元がぱっくりと割れた。地割れの長さは一メートル程度。千夜のクロワの影響だ。だが千夜がやるより割れる範囲が小さい。要のクロワが弱いからだ。


 次いで要は横に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを手に取った。五百ミリリットル入ったその口を開け、さかさまにひっくり返す。水はそのまま地面吸い込まれるかと思いきや、直前で浮き上がり要の周囲を漂い始めた。これは桐埜のクロワを反映したからだ。


 桐埜は風呂一杯分を操れるが、要では大き目のペットボトル一本分が限度だった。しかも──


「あっ、また」


 要の手の周りを回っていた水球が突然、ただの水に戻って地面に落ちた。覆水が盆に返らないように、もうその水を操ることはできない。要ではクロワによる複雑なコントロールが持続しないのだ。


 なんとも中途半端で、不甲斐ない力だった。こうして属性の能力を使うのもおぼつかない。剣にクロワをまとわせなくてはコレールに斬撃を与えられないというのに、それもまだ五回に一回は失敗する。


「これじゃあ、足手まといだ」


 道路沿いに放置されていた自転車に腰かけながらごちる。すると千夜がかなめを励まそうと困ったような笑顔を向ける。


「そんなことなかよ」


「昨日、啼臣ていしんにも『ふんっ、力なき者は死ぬだけだ』って言われたし」


「啼臣のあれは、『だから頑張れ』の言葉が抜けてるだけやもん。あいつ言葉を飾るってこと知らんから。だから気にせんで要君。練習すれば上達するよ」


「……そうだな。頑張る」


 握ったこぶしを上下にぶんぶん振って鼓舞こぶする千夜に、同じ仕草で応える。そうやって二人でファイティングポーズを決めていると、ベンチに寝転がっていた桐埜が欠伸を噛み殺しながら起き上がった。


「でもぉ、あんまムリしなくてもよくない? 自分の限界超えて頑張るとか、結局どっかでガタが来て周りの迷惑になるだけじゃん」


「ちょっ桐埜きりの、やる気出してる子にその言いかた……」


「それもそうだ。うん、ほどほど頑張る」


「驚くほど素直!? なんなんこの子……」


「上達のためにはどうすればいいだろう」


「うーん、うちもコツとか教えてあげたいけど。正直に言って、教え方が一番上手いのって諫戸先輩なんよねえ」


「諫戸先輩が?」


「そ。諫戸先輩と紗枝先輩の一つ上の代は誰もおらんの。今年は各学年に人数揃ってるけど、ほんとはクロワ使える子って少ないから。だからうちら今の二年生にとっては、あの二人が唯一の先輩なんよね。んでまあ、紗枝先輩はああいう感じやし、なんだかんだ言って戦いの基本は諫戸先輩に教えてもらったかな」


 要はなるほどと相槌を打つ。要が最初にクロワを発現できたのも、諫戸の誘導あってこそだったことを思い出した。


「でも諫戸先輩、宇賀君に怪我させてからずっとピリピリしとるし。声かけづらいよね」


「そうなのか」


「そうやろ。全員参加って寮則で決まっとる夕食にも、最近来ないし。絶対うちらのこと避けてるんよ。もしくは夕食作ってくれる宇賀うが君を避けてる」


「そういえば、寮の夕食って一年の宇賀君が全部作ってるんだっけ」


「前は研究所マントールから派遣される人が作ってたんやけどね。宇賀君が自分でやるって言い出して。料理上手だし、おいしいし、そのまま係に定着しちゃったんよ」


「へぇ、すごいな」


 小柄で暗い少年というイメージしかなかった。人を見た目で判断してはいけないということか。


 いつの間にか話が夕食のメニューへと移っていく。それを暇そうに眺めていた桐埜がベンチからおもむろに立ち上がり、なぜか要の腰かける自転車の荷台に座る。急な加重に自転車がぐらりと揺れて、要が驚いてそれを支えた。


 桐埜は足を交互に揺らしながら背伸びをしている。


「話変わりますけど、三年生の人達ってすごくノリがいーですよね」


「そうなん?」


「だってぇ、私があだ名で呼んでもすぐ順応しちゃいましたし? ひらちょ先輩まだ怒るのに」


「そりゃ怒るやろ」


「ざーさえ先輩なんて、『ザーサイが食べたくなる呼び方ねぇ? ふふっ』ですよ。やっぱあのくらいの寛容さが必要ですよぉひらちょ先輩」


「だからその呼び方やめいて」


 自転車から降りた桐埜に抱き着かれて、千夜が頭を抱える。代わりに要が尋ねた。


「みんなのこと何て呼んでるの」


「んー? そだねぇ。紗枝先輩はざーさえ先輩で、千夜先輩はひらちょ先輩でしょ? んで倉科くらしな先輩がしぃな先輩。宇賀君はうがっちね」


 桐埜は再び荷台に飛び乗る。


「んで諫戸先輩がエスきょく先輩」


「どして」


「いさど(・・)先輩だから。サド、エス、エス極先輩。論理的ぃ」


「怒られんの? それ」


 千夜が呆れたように苦笑する。桐埜は唇を突き出し思案して、あっけらかんと答えた。


「う~ん、最初の一回だけ注意されましたけど、それ以降はぜーんぜん。受け入れられちゃって張り合いなさ過ぎぃってくらい」


 ケラケラ笑って荷台から飛び降りる。またもや襲う衝撃を支えて、要は視線を落した。思うのは諫戸のことだ。


(怖い人だとばかり思ってたけど、そうでもないのか……?)


 首を傾げて考えているうちに、ギャリッグウールが終わる時間になった。ほとんどコレールと戦っていないが、今日はここまでのようだ。


 帰りの道すがら、要のなかにふと疑問が湧いた。


「そういえば、俺は?」


 桐埜に名を呼ばれたことがなにのに思い至って、彼女にそう訊いた。自分のあだ名に興味があったのだ。


 野良猫を撫でていた桐埜は真顔で、はっきりと短く発音する。


かなめ


「……うん?」


かなめ


「なして?」


「にゃんとなく」


「そうにゃのかー……」


「仲良いね、あんたら」


 一歩前を行っていた千夜が呆れたように笑った。その呟きを聞きつけた桐埜が心外だというように眉を寄せる。分かりやすくほっぺを膨らませ千夜の腰辺りに突撃した。


「そんなことないでーすっ。私の仲良しはカワイイ女の子だけですからぁ」


「ひっつかんでっ、歩きづらい!」


「嫌でーす」


 そのまま二人はわちゃわちゃと追いかけっこを始めた。それを見守りながら、要は屈んで猫の汚れた白毛に触れる。


「にゃんだかなぁ」


 呟くと、頭を撫でられた猫がなーと返事をしてくれた。



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