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どうにも不出来


 オレンジがかった緋色の短髪に目を奪われる。

 彼女が動くたびに外側にはねた髪がぴょこんとゆれて、つい目を引かれるのだ。


桐埜きりのちゃんっ、こっち手伝ってくれないかしら」


「かぁしこまりでーっす」


 祇遥ぎよう桐埜きりの紗枝さえに呼ばれていく背を、要は目で追っていた。着ているパーカーのフードから出た紐が弾む。左右の長さが違い過ぎて、左側だけ壁掛け時計の振り子みたいになっている。


「どっこーいっ!」


 桐埜きりのは駆け寄った勢いのまま手に持った斧を下方から振り上げる。巨体がサーベルを弾かれたたらを踏んだ。その隙に紗枝がバックステップで距離をとる。


「ありがとう桐埜きりのちゃん」

「美人な先輩のためならお安い御用ですともよぉ」


 二人とも構えるのが早い。呆然と見ていた要は、彼女たちの周囲にまた小さいコレールが忍び寄りつつあるのに気づいて我に還った。


(あんな細身なのに、あれだけデカい敵に臆せず行けるなんて……。俺も行かなきゃ)


 しかも一人は後輩だ。無様なところばかり見せてはいられない。要は腹部の痛みに耐えて立ち上がる。膝が笑っていたが、無視して二人に駆け寄った。


「要くんっ、周りの低級のほう、お願いできる? 中級コレールは、一人じゃ厳しいの。任せて悪いのだけれど……」


「やりますっ!」


 情けなさを誤魔化すために意気込んで返事をした。直後、自分がまだクロワの使い方に慣れていないことを思い出す。紗枝はクロワを武器にまとわせると言っていた。具体的にどうすればいいか、昨日の調子だと紗枝のアドバイスは参考にならない。


 近づいて来る二体のクルミ割り人形を牽制けんせいしながら、二人の武器を盗み見る。分かりにくいが確かに、気のせいか少し発光しているような気もする。


(クロワは、自分の奥底から湧いて来るあの光だ。あれを、噴出させるんじゃなくて、纏わせる……)


 一か八か、要は人形の一体に斬りかかった。手元に力を込める。あの光を武器に集めることをイメージする。


「はああっ!」


 するとあれほど重かった剣がふわりと軽くなり、腕から余計な力が抜ける。振り下ろした刃が人形の頭に食い込んだ。しかしそれは一瞬だけだ。光たように見えた剣身も、すぐ元の鈍銀に戻る。


「っと、もうちょいっ」


 もう一度力を込める。刃のふちが虹色に輝くと、今度はさっきより楽に刃が通った。クルミ割り人形が真っ二つになり姿を消す。


(よし。この調子!)


 続々と現れるクルミ割り人形を、要は一体一体(ほふ)っていく。クルミ割り人形は背丈が小さく、動きもそこまで素早くない。サーベルの動き自体は雑だ。病院で子どもの相手をしていた時の感覚と似ている。おかげで昨日の猫ウサギのような心理的圧迫感はなかった。集まりだすとこっちを罠にはめようとするので注意が必要だが、それも分散させて一体ずつ相手していけば問題ない。


 集まろうとする人形たちに剣を振るって散らせ、追撃がある前に離脱する。クロワによる斬撃も二回に一度は確実に打ち込めるようになってきた。


 そういうのを何度も繰り返すうちに、敵影はほぼ無くなっていた。


 しかしこれはかなめ一人の力ではない。時々、水の球や植物の蔦がクルミ割り人形を攻撃してくれていたからだ。


 そのクロワを操っている張本人たちは、巨大な怪物と戦っている。その隙をついて要の援護をしてくれているのだ。


 要は減ってきた敵を前に、紗枝たちの様子を振り返る。


 巨体クルミ割り人形は小さいものと違い動きが素早い。巨大なものが鋭利な武器を振り回して迫ってくるというのは恐怖を煽る。だが、少女二人がそれで動きを鈍らせることはなかった。


 桐埜きりのが水球を飛ばす。人形の頭部と胴体に命中したが小さなへこみができるだけで大破させるには至らない。人形の口元を濡らしただけだ。紗枝がハンマーで殴っても、傷は入るがすぐ修復してしまう。動きが早く部位が大きいために、紗枝が植物を伸ばす隙もないのだ。


 剛腕でサーベルを振るうクルミ割り人形に、少女二人は防戦一方に見える。


 だがそれは違った。


 戦況の逆転は一瞬だった。


 人形が上体をひねってタメを作り、桐埜きりのに向かって腕を突きだす。そのサーベルの突きを紙一重で躱した彼女は、人形の手首を支える関節器具の隙間に斧を打ち付けた。


「へいっクルミ割りの中将。楽しいチェイスはこ・こ・ま・で、だよっと!」


 楽しげに歓声を上げながら斧蹴り込む。関節に食い込んだ斧がさらに深く刺さった。


 瞬間、関節部分から霧状になった水が飛び出す。それは全身に広がり、各関節が鉄の歪む異音を響かせた。


 蹴りは潜り込ませていた水を呼び起こす合図だ。初撃の水球は無駄撃ちではなかった。口元から内部へ送り込むための布石ふせき。水は全身を駆け廻って各関節の接合部で待機状態にあったのだ。


 そうして水はまんまと人形の接合部を外し、バラバラに解体してしまった。


 周囲に大きな歯車が転がってくる。巨体の膝が外れる。人形は自重を支えきれず顔から地面に突っ伏し、淡い光になって消えていった。


「はい終わりぃ。ざーさえ先輩、時間稼ぎにお付き合いありがとでーす」


「ふふっ。あの速くて重たいコレールと私のクロワは、どうにも相性が悪いから。こちらこそ桐埜ちゃんがいて良かったわ」


「まっ、所詮しょせんはカラクリ体ですし。再生する前に内側からいっきに破壊しちゃえばこんなもんですよ。っと、そうだ。挨拶忘れてましたかね。おはようです先輩!」


「ふふっ、挨拶もできて偉いわね。でも時刻はもはや日付変更間近よ桐埜きりのちゃん。あっ、でも寝起きの挨拶としては間違いじゃないのかしら……?」


 女子二人はハイタッチしたりと楽しそうに笑い合っている。要は腹部を押さえてその様子を見守りながら、安堵のため息をついた。


(良かった倒せた……。二人ともすごいな。俺じゃあんまり役に立てなかった。いや、紗枝先輩は慣れてるんだろうけど、あの桐埜きりのって子、一年生だよな?)


 桐埜きりのの容赦ない動きは、それだけ戦い慣れているように見えた。まだ五月の二日で、一年生にとっても一月しか経過していないはずなのに。それとも自分が不慣れなだけで、みんなあれくらいは動けるようになるものなのだろうか。


 棒立ちになってそんなことを考える要に、紗枝が駆け寄ってくる。


「要くんも、低級の相手ありがとうね。おかげでこっちに集中できたわ」


「いや、二人が助けてくれてたからです」


桐埜きりのちゃんも? 男の子に優しいなんて珍しいわねぇ」


「ソイツ初心者ですし、初回サービスですよ、サービスぅ」


 紗枝について来た桐埜きりのは面倒くさそうに鼻を鳴らした。紗枝の表情がパッと明るくなる。


桐埜きりのちゃんは良い子ね。そうだ! 桐埜きりのちゃん、要くんにクロワの使い方をレクチャーしてあげてくれないかしら。彼、まだ上手く使えないらしくて。私の説明とは相性が悪いようなの。それに桐埜きりのちゃんは最初からクロワの扱い上手だったじゃない。コツとかあるんじゃないかしら」


 そう紗枝が両手を合わせて桐埜きりのに提案する。相性の問題ではないと要は内心思ったが口を挟まないことにした。

 しかし桐埜は紗枝に向けていた輝くばかりの笑顔を途端に渋い顔へ変貌させた。


「えぇ~。ですよ。野郎ヤロウび売る趣味ありませんもん」


「女の子には安売り状態なのに?」


「女子に対してのは通常営業ですぅ。万年セール上等! でも男に買い叩かれるのは不快です。まっ、他を当たってくださぁい」


「残念ねえ。ごめんね要くん」


「んっ? ああいえ、はい」


 一言も口を挟めないまま交渉は決裂してしまった。いまいち二人の会話に付いていけない。不甲斐なく頭を掻いていると、桐埜きりのが目の前にやって来た。


「にしても、コレが新人ねぇ……」


 じっと見つめてくる。身長の差が三十センチくらいあるので下から覗き込まれる体勢になった。桐埜きりのはしげしげと要の顔を観察している。要は困惑しながらも目をそらすのは失礼な気がして、彼女を見返した。


 自然な小顔で、頬には薄くそばかすが散っている。細い眉が実直に伸びていて涼し気だ。よく整っている顔立ちと言っていい。だが、一番目を引くのはやはり、自分を貫く視線だった。


(綺麗な瞳だ……)


 こっちの全てを見透かしてしまうような鋭い瞳だ。最初は黒色だと思ったが、少し違う。黒の奥に深い蒼色が見える。見ていると海の底に沈んでいくようだ。もっとよく見たくて、要は思わず腰を曲げて顔を近づけた。見れば見るほど吸い込まれるようだ。


「二人とも、近すぎないかしら……」


 紗枝の指摘ではっとする。ずいぶん至近距離で魅入っていたようだ。鼻の頭が触れ合いそうな距離である。それでも微動だにしない桐埜から要は慌てて顔を離した。すると桐埜も満足したように要から視線を外す。


「桐埜ちゃん近眼なの?」


「近頃はそういう風潮もありますかねー」


「? 大変ねぇ?」


 判然としない返答に紗枝が首をかしげて微笑む。その時、紗枝と桐埜が突然自分のこめかみに手を当てた。


 いきなりだったので二人とも頭痛がするのかと思ったが、インカムに通信が入っただけのようだ。


「この区間で発生していたコレールの全滅確認できたそうよ。今日はこれでおしまい。他区からの救援要請もないし、少し早いけど寮に帰りましょうか」


「は~い」


「了解です」


 指示に頷いて先を行く紗枝の後ろを付いて行く。まだ腹部に鈍痛が残っていて、要は歩きながらお腹をさすった。すると桐埜がちょっと近づいて来て横に並ぶ。


「あっ、まだ腹ぁ痛む感じ? 血反吐ちへど吐いたらさすがに真剣マジで謝るから言ってね。──ざーさえせんぱーい! 一緒に行きましょうよー」


 軽く手を振って、返事も聴かないまま紗枝へ抱き着きに駆けて行った。


(……悪い子ではないのかな?)


 残された要はそんな風に首をひねった。




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