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7人目


 紗枝の宣言と同時に、遊具の影から小さな物体が姿をあらわす。その数、五体。英国の兵士が着るような真っ赤な軍服と、もじゃもじゃな髪の毛が特徴的だ。


 それは体長七十センチほどのクルミ割り人形たちだった。手にはサーベルらしきものを持っている。


「これも、コレール……?」


「そうよ。区によってコレールの形態は異なるの。要くんに合わせて、今日は初心者でもやりやすい場所を指定してもらったわ。でも油断しないで、昨日の六区に出る猫腕ウサギより小さいけど、そのぶん数が多くて器用よ」


 説明しながら、紗枝が近づいてきた人形にハンマーをお見舞いする。人形の頭部は鉄板の歪むような大きな音を立てて粉砕された。


 人形の体が薄れて空気中へ霧散する。動けなくなったコレールは幻のように消えてしまうらしい。


 要も、サーベルを振り回して近づいてきたクルミ割り人形へ剣を振り下ろした。剣の中ほどが吸い込まれるように人形の肩口へ降りる。


 だが紗枝のような手ごたえは無かった。コンクリートを殴ったような痺れが手に返ってくるだけで、人形には傷一つ付かない。剣が弾かれ後ずさる。


「なんでっ!?」


 さらに人形が増えて慌てて逃げた。三体の人形は関節をがちゃがちゃ鳴らしながら追いかけて来る。


「要くーんっ、クロワちゃんと使ってるー? まとわせないと攻撃が通じないわよ」


「まっ、纏わせ……?」


 公園の反対側から紗枝の声が飛んでくる。意味が分からない。しかしクロワのことを失念していたのも事実。


(昨日の要領で、とりあえず足止めっ)


 半身をずらして振り返り、弧を描くように剣先を地面に滑らせる。イメージしたのは土壁だ。そこから伸ばしたいばらで人形をからめとるのだ。


 だが地面は泰然と広がるのみ。細いつただけが伸びてくる。そのイメージのズレのためか蔦は一体を捕縛しただけで、残りには避けられてしまった。


(使いこなせてないってことか!?)


 体勢が整わないまま人形が迫る。長いまつ毛の描かれた瞳がギラリと光った気がした。背筋に寒気の走った要は強引に片足で体重を移動させ剣を構える。しかし二体のクルミ割り人形は要の脇をすり抜け走り去ってしまった。


「あれ? ──ってのわぁああああああー!?」


 安心したのも束の間、両足が急激に引っ張られた。顔面が地面に激突する直前で身体が浮く。足首に紐のようなものが巻き付いているのを感じる。要はそのまま宙へ引っ張られ、上下逆さに釣り上げられてしまった。


 足首に巻かれた紐は登り棒を支える金具の頂点で折り返し、その先を先の人形たちが握っている。要は罠にはめられたらしい。


「器用ってこういうことっ!」


 手を伸ばすが地面には紙一重で届かない。伸びた爪の先端が砂塵さじんの表面を撫でるのみ。突き立った棒たちは背後にあるので、それで上手く上体を起こすこともできない。


 そうじたばたする間にも、他のクルミ割り人形たちが迫ってくる。助けを求めて咄嗟とっさに紗枝を探すが、彼女も彼女で危機に瀕していた。


 前方の砂場に巨大な影がある。二メートルを超える巨体のクルミ割り人形だ。紗枝はそのサーベルをハンマーの柄で受け止めつばぜり合いをしていた。


「紗枝せんぱいっ!」


「ごめんね要くん! 中級コレールが出ちゃったわ。そっちは一人でできそう?」


「〜〜っが、頑張りますっ」


 焦ったような声に思わずそう返す。しかし自力と言っても難しい。半ば死を覚悟しながら、要は剣を握りしめた。


 目前に迫る三体の人形。勝利を確信しているのか、表情はそのままに口をカチカチ鳴らしている。よく見ればその歯は鋭く尖っている。肉切り包丁のようだ。あれに噛まれたら指くらいは容易く飛んでいくだろう。


 改めて背中に汗が滲み──


「違うっ、これ……水?」


 背中だけじゃない、全員が濡れる感触。その正体は要の背後から勢いよく飛び出した。


「遅っくれまっしたぁー」


 軽やかで適当な少女の声。それがバケツ一杯分くらいの透明な水の奔流とともに響いてくる。先行した水は勢いのまま走り、迫っていた人形の頭部を吹き飛ばした。


 何事かと身体をひねろうとすると足の圧迫が消える。紐が切れたらしい。一瞬の浮遊感の後、かなめは肩筋から地面に激突した。


「うごっ!? 痛ったぁ」


「あっ、そこ邪魔」


「はっ?」


 頭上から声がするも時すでに遅し。仰向けに倒れた要の腹部に、何者かが膝から落ちてきた。


「グホッ──!!」


 みぞおちに落下の衝撃が炸裂さくれつする。激痛が全身を駆け抜ける。重みはすぐ退いたが、要は痛みで地に這いつくばることしかできない。


 すぐそばで、少女らしき人物が要を見下ろす気配がする。涙の滲んだ要にはその顔が良く見えない。フードをかぶったシルエットが瞳に映るだけだ。少女は中腰になって要を覗き込んでいる。


「うっわ、ごめんないさぁーい。生きてます?」


「ゲホッガハッ、いっ、生き……て、る」


「おっ、きが良いじゃん。ならいっか」


 少女は要の髪についた砂だけ撫でるように軽く払っただけで、あっさり背を向けてしまう。


「あっ、桐埜きりのちゃん! 遅かったわね!」


 少女に気づいた紗枝さえが歓声を上げる。それで要は少女の正体に思い至った。今日の夕食にも顔を出さなかった、緑輪寮生最後の一人。昨日ちらっとだけ見た小柄な少女。


「はいはーい、祇遥ぎよう桐埜きりの、遅れてまかり越しましてぇー」


 要は涙を拭って身を起こす。桐埜きりのがフードを下ろして顔だけ振り返り、へらっと笑ってみせた。




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