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ギャリッグウール


 一つの箱があった。ちょうど人の頭部が一つ、まるまる入るくらいの大きさの、真っ白い正方形の箱だ。上部に丸い穴があって、切れ目のある黒いスポンジが内側から蓋をしている。そこから手を入れても中が覗けないようにしているらしい。


 テーブルの上に置かれたその箱の前で、かなめは固まっていた。


「……本当にくじ引きで?」


 自分をじっと見つめる五人分の視線を受けながら、要は先輩たちに確認を取った。紗枝と諫戸が口々に答える。


「そうよ。公平でしょう?」

「ここは昔からこうなんだよっ。なんか文句あんのかっ」


「文句……。いや、もっとバランスとか考えて編成したりは」


「んな面倒臭いこと毎日やってられっかよ」


 下らないことを聴くなと言いたげに吐き捨てる諫戸いさどに、要は覚悟を決めて箱へ手を入れた。


 底に折り畳まれた紙が散っている。その中の一枚を取り出し、要は紙を開いた。


「三班」


 そう書かれている。


「私と一緒ね。よろしく要くん。要くんは初心者だし、しばらくは三人班だから安心して」


 紗枝がニコリとほほ笑んだ。


 緑輪寮の任務であるコレール討伐は毎晩行われる。寮生はツーマンセルを組み研究所マントールから指定された付近のコレールを倒す。だが要はまだ入ったばかりなので、先に組まれたツーマンセルのどれかに組み込まれることになった。


 驚くことに、寮生はその日の相方をくじで決めていた。人の相性や能力値は考慮しないらしい。その辺りは寮生の指揮を執る研究所マントールの指揮官が調整するのだという。


「うむ、これで全員決まったな。総員準備の後に指示された所定位置へ急げ」


「なんで啼臣が仕切っとるとね」


「今日の担当地区はどこだ」


「うちらは六区。他のみんなとは離れてるから応援は期待できんよ」


「自分以外の助力など最初から期待すべきではない」


「あー、はいはい。もうそれでよかよ。……はぁ、うちが気張らな」


 二年生組が自分の武器を取って玄関に向かう。諫戸と一年生の宇賀という小柄な少年も連れ立って行ってしまった。ロビーには紗枝と要だけが取り残される。一人足りない。


「紗枝先輩、もう一人は……?」


桐埜きりのちゃん? 部屋の前で呼んだら返事もあったし、起きてはいるはずよ。時間前にはさすがに──来ないわね……」


 いくら待っても階上から人の降りてくる気配はない。そろそろ出ないと間に合わなくなる。


「呼びに行きますか」


「いいえ、時間も近づいているし。先に行っていましょう。きっとすぐ追いつくわよ」


 紗枝は笑みを崩さず玄関に向かう。要は背後を気にしながら、彼女のあとに続いた。


   ◇  ◆  ◇


 寮から二十分ほど歩いて辿り着いたのは、広めの公園だった。遊具がたくさんあり、昼間ならば子供の姿でにぎわうであろう。しかし夜も深まるこの時間には人の姿一つ見えない。この街の商店は全て九時には閉店する。夜が早く、また深いのがこの街の習性なのだ。


 公園の奥には、さらに広い広場があるようだった。


「二十三時十分前。間に合ってよかったわ。他の子たちも指定の場所に着いてるそうよ」


 紗枝が耳をすませるようにして要に教えてくれる。彼女のつける片耳用インカムは研究所マントールと繋がっていて、そこから指示が来るらしい。要の分はまだ準備できておらず、手元に届いていない。


「桐埜ちゃんは……ギャリッグウールが始まる前には来るでしょう」


 言うほど困っていない様子で紗枝が笑う。要は昨日の夜も聴いた不思議な単語に眉をひそめた。


「ギャリッグウールって、そもそも何なんです?」


 尋ねると、紗枝は何か納得したようにあぁと手を叩いた。


「要くんは初めてだから詳しく分からないわよね。ギャリッグウールはコレールの発生する空間のことよ。普段は観測できない、この現実世界と表裏一体の不思議な空間なの。それがこの街と繋がるのが、二十三時から日付が変わる午前零時までの一時間。それを私たちはギャリッグウールと呼んでるわ。この空間に入れるのはクロワ使いか、特殊な道具を持つ人だけ」


「特殊な道具?」


「例えば、私たちのつけている腕輪。それとこのインカムね。コレールがたまに落とす鉱石でできてるの。私たちの武器にも含まれてるわ。その鉱石でできてるから、ギャリッグウールの中と外で通信ができるのよ。街中に設置されてる監視カメラもそうね」


 紗枝が街灯を見上げて指さす。その先には確かに監視カメラがついていた。二人でカメラに向かって手を振ってみたりする。


「コレールたちはたくさん集まると、ギャリッグウールを喰い破って現実世界に出てきてしまうの」


「あれがっ?」


 昨日の化け物の姿を思い出す。猫の腕を生やした巨大なウサギ。あんなのが街中に現れたら大混乱が巻き起こるだろう。


 しかし紗枝は苦笑して、表情の硬くなった要の肩を叩く。


「あんな姿じゃないわ。ギャリッグウールの外だと影みたいになって、人に憑りつくの。憑かれた人はだんだん粗暴になって、暴力に対する抵抗感が消えていくわ。いつか人を殺すかもしれない。それが広がってしまったら日本全体が混乱に堕ちる。だから私たちは、コレールをこの街に留めるために、毎日こうして倒しているの」


 柔らかに微笑んで、紗枝が手に持った細長い袋をく。中には昨日も見たあのハンマーが入っている。柄の長い大ぶりの物だ。要も剣を取り出すと、紗枝が武器を構えた。


「桐埜ちゃんは間に合わなかったようね。──来るわ」


 ハンマーがくるりと器用に彼女の手の内で回る。瞬間、かなめは目の前が歪むような、耳鳴りに似た感覚に襲われた。


「──っう?」


 途端に景色が、薄いもやのかかったようにかすむ。秒針が一刻みずつ進み続けついに頂点を通り過ぎた。公園の時計は丁度、午後十一時を指し示す。


「ギャリッグウールの始まりよ」




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