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猫人の国へ

私は諸国を放浪する絵描きであった。


気が付いてみると霧に包まれた森の中を彷徨っていた。

白い百合がむせ返るように咲き誇る道の向こう遥か彼方にいくつかの城壁の塔が見えた。


前方から白く光る誰かが歩いてくる。

それは 人間と同じように二足歩行で歩く白い猫で王冠と幾重にもなったネックレス、ドレス、銀のマントを纏い光に輝いていた。

背丈は私と同じかやや低いくらいだろう。


彼女は話しかけた。「あなたはどこから来たのですか?」

言葉は私にも理解できるものだった。

ふと見ると私の周囲はたくさんの武装した兵士たち取り囲まれている。

彼らは私よりもはるかに背丈が高く体格もがっしりしていて猫というよりは虎のように見えた。

気づかれないように木々や茂みの中に身を潜めていたのだ。


「ローマのトラステヴェレからです。

怪しいものではありません。ルカと申します。僕は旅をしながら絵を描いています。」

私は背中のリュックから巻きキャンバスを広げて作品を見せた。

「そうですか。」油絵には興味がなさそうだ。


そして彼女は私を凝視した。

吸い込まれそうな水色の瞳、瞳孔の深淵。

突然、その柔らかい白い毛並みの頬を私の首筋に何度も摺り寄せてきた。


これはこの国の挨拶なのか?それにしても不思議だ。

安堵感と陶酔の入り混じったような感覚。これは何なのだろう?


「これからどうするつもりですか。」

「この国の風物を絵で描いてみたいのですが。」

「好きにしなさい 。」と、そっけなく言って お城の方へ向きを変え歩き出した。

後には3人の若い貴族とおぼしき3人が従っている。

「あの・・。ここはどこですか?あのかたはどなたですか?」

そのうちの一人が答える。

猫人ネコヒトの国です 。

陛下はアレクサンドラ、この国の皇帝です。」


さてどうしようかと思案していると女帝から声がかかった。

「散歩に行くのでついてきますか。」

私は即座に喜んでと答えた。


城壁の城門をくぐり抜けると城下町らしく、人々で賑わっている。

私を見る人々は一様に驚くが、 陛下と女官の姿を見てか遠巻きに互いに話すだけだった。


「陛下。」

私が呼びかけると、

「アレクサンドラで良い。」

と横を向いたまま冷たい口調で言う。

とは言え、大勢の人前で彼らの最高権力者を呼び捨てはできない。

「陛・・。」

きっ、と鋭い視線を感じて思わずびくっとなった。


街を見ていて不思議に思ったのが、

この国の人々は移動の手段に馬を使わないようだ。

馬車も走っておらずその代わりに、

猫人が引っ張って走る猫力車が人や荷物を積んで走っている。


店には雑貨や日用品、衣類や食料品など人間の世界と変わらないものが並んでいる。

それなのに通貨で取引してるようには見えない。

城壁は何重にもなっていて,城門をくぐるたびに位の高い人々が住んでいる区域になっている。


しばらく歩くと練兵場のような場所のそばに外堀があり、我々の前で吊橋が降ろされた。


中央の続く中庭に面したファサードを通り過ぎ途中に広い踊り場のある巨大な階段を何回も登って一つの部屋に着いた。


アレクサンドラはそこに入ると、天蓋付きのソファーに寝そべった。


私はこの豪華な調度の部屋に驚いていると、「ルカ、かしこまることはない。くつろぎなさい。」

と命令口調で言った。

「もしよろしければこの室内とあなたを絵に描きたいのですが。」

「よろしい。」


私は荷物を降ろし、木枠を組み立て、キャンバスをペンチで引っ張りながら金づちで釘を打ち込んだ。

彼女は不思議そうにその作業を見つめている。

優美な宮廷絵画が描けそうだ。


素朴な疑問がわいた。

アレクサンドラの年齢は何歳なのだろう。人間ならともかくさっぱり分からない。

20才を過ぎてから出立し4年が過ぎた私より若いように見える。


私がチューブから絵の具を出し、解き油で溶かしていると、彼女は顔を洗うような仕草を始めた。

どうやらテレピン油の匂いがダメらしい。油絵は止めて別の技法にしよう。

「陛下、お料理を運んでまいりました。」

入ってきた人はどうやら料理長のようだ。 この人に頼んでみよう。

「酢と卵をもらえませんか ?」

「構いませんが、一体何に使うんですか?」

「エッグテンペラと言いましてね、絵を描くのに使うんです。」


構図を決め絵を描きながらも気になったのは室内に絵が飾られていないことだ。

猫人の国では絵画は重要視されていないのだろうか。


アレクサンドラは呼びかけた。「こっちへ来て私を撫でなさい。」

ものすごく気まぐれだ。もふもふの毛並みを撫でるとすぐにゴロゴロと喉を鳴らしながら眠ってしまった。

しばらく絵は描けそうにない。


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