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幻想世界の紀行録  作者: TaYa
迷宮島の放浪者たち
15/71

日本から来た少女

「わあ!」


 アンカルヤのテントの内装を見たリフィリシアが歓声を上げる。


「広くて暖かくて、素敵です!」

「そうかな? ロウギスのテントとそうは変わらないだろう?」

「ロウギスさんのテントは武器がたくさん並んでいて、少し怖かったです。それに鉄の匂いがして、こんなにいい匂いはしなかったし」

「んん?」


 このテント、いい匂いがするの?

 リフィリシアがさり気なく最後に付け加えた一言に、アンカルヤは困惑した。


「え? そうなの?」

「はい。それにロウギスさんのテント、暖房もなかったので少し寒かったです」

「いや、彼のテントの話ではなく――」

「?」


 そもそもアンカルヤは自分のテントの匂いなど、気にしたことがない。

 いや、正確にいえば気にしていないわけではない。

 錬金術で使用する薬品の中には、強い臭気を放つものも少なくない。

 そういった臭いが生活空間に充満するのは不快なので、薬品類は密閉した専用の保管庫で管理している。

 それに薬品臭が身に染み付くのも問題だ。神殿で薬品の臭いを撒き散らす訳にはいかないし、嗅覚の鋭い敵に対しては命取りでもある。

 だが、それらは無臭や消臭に対する配慮だ。

 自分のテントをよい香りで満たそうなどと思ったことはない。

 実際、このテントの中に匂いを放つものなど置いてはいない。

 なのに、なぜいい匂いがする? 気の所為ではないのか?

 アンカルヤは理由がわからず首をひねった。


「ロウギスさんのテントに比べて、アンカルヤさんのテントは何だか女の子って感じですよね」


 テントの内装を見回したリフィリシアが、アンカルヤの困惑に拍車をかけた。

 そうなのか?

 アンカルヤはテントの内装について、女性らしさを意識したことはない。

 実用一辺倒だ。

 唯一、貰い物である天蓋付きのベッドが女の子らしいといえるかも知れないが。

 彼女は自分のテントに誰かを招いたこともなければ、招こうと思ったこともなかった。

 なのでこのテントの内装を他者がどう思うかなど、気にしたこともないのだ。


「あっ。薪ストーブもいい感じですけれど、その周りのラグマットに火の粉の焦げ跡があるのが、如何にもって感じの雰囲気を出していていいですよね!」

「そ、そうなの? ま、まあ気楽に寛いでくれたまえ」

「はい! ありがとうございます」


 リフィリシアは無邪気に喜んでいるが、アンカルヤには焦げ跡などの何がいいのか全くわからなかった。

 だが、よくわからない理由でも彼女がこのテントを気に入ってくれたのなら、それでいいかと納得しておくことにした。






 アンカルヤは、ふと別れ際のロウギスの言葉を思い出し、そのことについてリフィリシアに問いかけた。


「そういえば、先程ロウギスがキミの魔術について何か言っていたが、あれは?」


 テントの内装を眺めてはしゃいでいたリフィリシアが、ハッとしてから表情を曇らせた。

 どうもあまり良い話ではないらしいことを雰囲気から察したアンカルヤは、首を左右に振って先程の問いを撤回した。


「いや、話したくない事であれば、言わなくて構わない」

「いえ。私の魔術については、アンカルヤさんにも聞いておいてもらったほうがいいと、私も思います」

「ふむ。まあ、キミがそう思うのなら、聞かせてもらおうかな?」


 リフィリシアにソファーを勧めると、アンカルヤは二人分の香草茶を用意して、一つを彼女に差し出した。


「あ、ごちそうになります」


 お茶の入ったカップを手に、リフィリシアは力なく自嘲の笑みを浮かべた。


「それで私の魔術のことですが、実は全く使えないんです」

「それはレベルがまだ低いから――」

「いいえ。そうではなく、ゲームのリフィリシアなら使えるはずの魔術が使えないんです」

「キミの魔術というのは――」

「召喚魔術です」


 リフィリシアはスキルツリーの召喚ツリーを伸ばしている、召喚魔術師だった。

 召喚魔術とは、他の生物を魔法で呼び出して使役する魔術だ。


「私は『古代の狼』が召喚できるはずなんですが……」


 王冠物語における『古代の狼』は、召喚魔術の代表的な召喚獣だ。

 比較的低レベルで習得でき、そのレベル帯では頭一つ抜き出た戦闘能力を持つ。普通の狼やゴブリン程度なら、鎧袖一触である。

 加えて、画面外までカバーする広い索敵範囲も備えている。『古代の狼』を召喚しておけば、敵から不意打ちを受ける心配はほとんどなくなる。

 流石にゲームも中盤を過ぎれば、『古代の狼』の戦闘能力も不足になる。

 しかし、広範囲の索敵能力はゲーム後半まで有効だ。

 つまり『古代の狼』はゲーム序盤で入手できて後半まで活躍する、極めて優秀な召喚獣なのだ。


「『古代の狼』か。たしかにこの状況で召喚できれば、この森で怖いものなしだったね。残念だ」

「ごめんなさい」


 リフィリシアの落ち込んだ様子に、アンカルヤは慌てた。


「待て待て! 責めているように聞こえたなら、それは誤解だ。そんなことよりも、魔術を使えない理由に心当たりは?」

「――ありません。ただ、私が魔術師として当てにならないということだけ、知っておいてください」


 アンカルヤには、リフィリシアが魔術を使えない理由に心当たりがあった。しかし魔術師でない彼女には、その心当たりが果たして正しいのか判断がつかなかった。


「お役に立てなくて、ごめんなさい。でも、私にできることなら何でもするから! だから――!」


 何やら空回り気味に必死なリフィリシアの鼻先に指を突きつけて、アンカルヤは彼女の言葉を遮った。


「まず、勘違いを訂正しておこう。私がキミやロウギスの仲間に加わると決めたのは、利用するためではない。役に立つとか、立たないとか、そんな理由ではないわ」

「――はい」


 リフィリシアは頷きはしたが、その表情に納得の様子は見えなかった。

 アンカルヤはため息をつくと、リフィリシアが魔術が使えない理由について、自分なりの考えを語った。


「話を戻すが、キミが魔術を使えない理由についてだ。多分それは、魔術を使うという感覚がわからないからだと思う」

「えっ?」

「日本には魔法なんてなかったし、使ったこともないだろう? だから、この世界での魔術の使い方が感覚的にわからないのだろう。おそらくキミは、能力的には魔術が使えるはずだ」

「そう、でしょうか?」


 リフィリシアは半信半疑といった様子だ。


「私は魔術師ではないから断言はできないが、おそらく『魔法なんて実在しないし使えない』という心に染みついた常識が、無意識にブレーキになっているのだと思う。だからあまり真剣に魔術が使えないことを悩むよりも、いつか魔術が使えるようになれば嬉しいな、程度の軽い気持ちでいたほうがいいのではないかな」


 アンカルヤも、キャラクターとプレイヤーの感覚のギャップは何度か経験している。リフィリシアの問題も、それに近いものと思われた。


「少なくとも私は、リフィリシアに不可能や困難を求めるつもりはない。でも、私やロウギスのためではなく、キミ自身のために魔術は使えた方がいい。特に、『古代の狼』の召喚だ」

「私のため、ですか?」

「リフィリシアが自分の身を護る術として、『古代の狼』は理想的だ。キミもそう思っているだろう?」


『古代の狼』が召喚できれば、この世界でのリフィリシアの生存確率が飛躍的に高まるのは間違いない。ぜひとも彼女には『古代の狼』を召喚できるようになってほしいと、そうアンカルヤが望むのは当然のことだった。


「それは、確かに召喚できればそうですが……」

「それにね、誰かのためとか自分のためとか、そういうこととは別に、魔法が使えるというのは楽しそうだと思わないかね? 魔術が使えない私としては、魔術が使える可能性のあるキミが少し羨ましいよ」


 アンカルヤの錬金術も、広義には魔術の一種だ。だが、杖を手に使用する魔術には、錬金術にはない魅力があった。


「私が、羨ましい……ですか?」


 リフィリシアにとって、アンカルヤの言葉はあまりにも予想外のものだった。まさか自分が羨ましがられるなど、思いもしていなかったようだ。


「魔術が使えないと思い詰める必要はないが、無理のない範囲で魔術の使用に挑戦してみてはどうかな? 魔術は使えないと諦めてしまうのは、勿体無いと思うよ」


 リフィリシアは目を見開いて息を呑んだ。


「すごいです、アンカルヤさん」

「ん?」

「私はこの世界に来てから、何をすればいいのか、何をするべきなのか、何もわからずにオロオロとするばかりでした。何か行動しなければいけないとわかっていても、それができずにいました。でも、アンカルヤさんは私が今するべきことを的確に指摘してくれました」


 それは買いかぶりだと、アンカルヤは首を横に振った。


「こういうことは、当人よりも他人のほうが気が付きやすいこともある。案外、自分のことなんてよく見えないものだからね。そもそも、私の見解が正解だとは限らないよ?」

「正解かどうかは結果論ですから」


 リフィリシアは吹っ切れた様子でソファーから立ち上がると、真剣な眼差しでアンカルヤを見つめた。


「それよりも、アンカルヤさんに聞いてほしい話があります。これはまだ、ロウギスさんにも話していないことです」

「ロウギスに?」

「隠していた訳ではないです。ただ、状況をややこしくして、混乱させてしまうことが心配だったんです。でも、やっぱり皆には聞いておいてもらったほうがいいと思ったんです。私には気が付かなかったことでも、アンカルヤさんなら何か気が付くかもしれないですから」


 アンカルヤに向けられたリフィリシアの表情からは、彼女がなにか重要なことを打ち明けようとしていることが察せられた。だからアンカルヤは、姿勢を正してリフィリシアの真剣な瞳を見つめ返した。


「私に対する評価が随分と過大に感じられるが、キミが話すべきだと思うことなら、聞かせてもらうよ」


 一度目を閉じて深呼吸をすると、リフィリシアはアンカルヤが心の底から驚愕する信じられない言葉を発した。


「〇〇、〇〇〇〇〇〇。〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」


 アンカルヤには、リフィリシアが何を言ったのかわからなかった。その言葉の意味を、全く理解できなかったのだ。

 だが、わかることもある。

 この発音、この音の響きは間違いない。


「――まさか、日本語?」

「はい。私の本当の名前は森崎早苗。日本からこの世界にやって来た中学生です」


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