2話 錬金術と黒の騎士
「ん? 今日も酒場に出かけるのか?」
出かけようとするバルにグランは声をかける。
「冒険の話なら俺が聞かせてやるってのによ」
「父さんの作り話は飽きたんだよ。それに、酒場に行かなきゃあとでシルバに愚痴言われるし」
「酒場に行くのが日課ってのは、まるで飲んだくれだな」
「父さんは酒ほどほどに」
「はいよ」
護身用の小型ナイフと小銭だけポケットに詰め込み、バルは酒場へと向かった。
バルが酒場に着くと、店内は騒然としていた。
「なにがあったんだ……」
「お、バル遅いぞ。大変なんだ」
「シルバ、めちゃくちゃ荒れてるけどこれどうした?」
シルバは呆れ顔で両手を広げる。
「預言者って名乗るじーさんが暴れてんだよ」
「預言者……」
預言者はこの世界から全滅したと言われている。神の存在を信仰する信者が減ったと同時に。
預言者の名を見聞きすることがあると言えば必ず昔話や古い書物だ。
「よかろう。わしの言うことが信じられんのも仕方がない。だかな、そのうちわかるぞ。ストームが復活して、この世が危険にさらされたあとにな。まったく、情報交換が行われる酒場と聞いて来たはいいが、まったくもって聞く耳を持つ者がおらんとはとんだ無駄足じゃったわい」
少し離れた席で、シルバは耳打ちする。
「ずっとあの調子なんだ。ストームが復活して戦争が始まるってさ」
「ストームって、黒い騎士たちを呼び寄せたあの伝説の?」
「そーいうこと」
疲れ切った様子で現れたのはユリナだった。
「そもそもおっきな竜巻と戦争の関係性なんて証明されてないのにね。黒い騎士の次は悪魔の軍団が攻めてくるんだってさ」
「まあでも、好き勝手叫んで帰る客がいるのは今日に限ったことじゃないだろ?」
「バル? この店のキッチン以外をひとりで回してるあたしの身にもなってくれない?」
「忙しいのは仕方ないとして、明日の約束忘れてないよな?」
シルバはおどけた様子でユリナに詰め寄った。汚れたエプロンを払いながらユリナは答える。
「シルバとバルの錬金術習得に付き合えってやつでしょ? 覚えてる」
「え、俺も?」
「バルも錬金術覚えたほうがいいって。強くなりたいだろ?」
「錬金術使えなくても強い戦士はいっぱいいるぞ」
「それはお前の好きな冒険小説での話だろ? 先生だって錬金術使えるんだ。習得しておいて損はないって」
バルが錬金術に興味を抱かない理由は2つあった。ひとつは、錬金術はここ数年で武力として発達した技術で、バルが憧れる英雄は錬金術に頼っていなかったという点。もうひとつは、第一次ストーム戦争で、なぜかその時代に存在しない錬金術を黒の騎士たちは巧みに使いこなしていたという事実から。
黒の騎士は謎につつまれていて、結局は何者なのかわからず戦争は終わりを告げた。突如現れた『最悪の存在』として今も語り継がれている。
「はぁ、今日は早くお店閉めちゃおうかな」
後ろで結んだ髪をほどき、ユリナは軽く息を吐いた。
「じゃ、また明日ね」
ひらひらと手を振りながらキッチンの奥へ消えていくユリナ。
「さて、俺たちも帰るか」
「俺まだ来たばっかなんだけど……」
バルは小さくため息をついた。