【岩手】【二〇一六年 一七日】 ・アイラブ普代村、アイラブ銀次(前)
【二〇一六年 五月一七日】
ツイッターで弱音を吐き、テントの中で横になってから、しばらくしてから何気なく通知を確認したとき、奇跡が。
【うちに泊まりますか?】
フォロワーさんでもなんでもなく、ハジメマシテの方でした。
どうやって84gが困っていることを知ったのかも分かりませんが、それでも助けてくれようとしている方。
甘えようかとか、でも行かないことに決めたとか、色々と考えたものの、まず、嬉しかった。
見ず知らずの人を助けようとしてくれる、これが東北か。これが岩手か。これが普代村か、と。
電池が無いとか、体力が限界だとか、そんな小さいことに困っている自分に、不思議と喝が入っていた。
何を弱気になっているんだと。人生最大の旅行じゃないのか。だったらアルカリ電池ぐらい買えば、携帯くらい使える。
捨てるのに困る? 高い? 荷物になる? 疲れきったらヤバイ? いくらでもなんとでもなるし、なんとかするわ。
コメントをくれた方にお礼を云いつつ、面識もないのに泊まらせていただくことはずうずうしいし頼れないとお断りし、テントを出た。
こんな素晴らしい人が居る普代村に、行かない理由が無かった。
テントから出ると大雨です。久慈市から普代村に行くには山を越えねばなりません。
歩道もない急斜の車道、横を通り抜けて登って行く。泊まれる場所があるかもわからない。
「(^へ^) 行くぜッ!」
雨が強くなります。
しかし、俺のテンションは。
「(^へ^) 宇部町!? 銀次の旧姓と同じやん! やっぱり岩手の名字なんだべ!」
銀次はお母さんの再婚で、名字が宇部から赤見内に変わっています。
イーグルファンの常識ですね。この看板を見ただけで、不思議なエネルギーが脳と心に充填されています。
それが野球ファンです。(独断と偏見)
「(^へ^) ふははははは! 雨雨降れ降れぇっ! 降りたいだけ降れぇえええええ!」
ヒートアップする84gは、雨ぐらいでは冷えません。
っと。写真を見てあることに気付いている人はここまでの情報をしっかりと覚えている方ですね。
84gのルートは基本的には太平洋沿いに北上しています。が。
このときは久慈市から日本一周の逆回りで普代村に向かっています。(つまり南下)
南下し、84gが交通ルールを守って左側通行をしているなら、この海沿いに走っていなければならない。
が、この写真はどう見ても対向車線側から撮影しています。
この辺り、自転車旅行の融通。
理想としては左側を走らなければならないんですが、雨で滑るのと微妙な勾配で84gは右側にだけ存在する歩道を通行しています。
坂道を滑降するときは絶対に車道なんですが、坂道気味なら安全優先で歩道を選んでいます。
交通ルールを順守するなら常に左側なんですが、ぶっちゃけると、84gのママチャリは出ても時速一五キロ前後でありママチャリの中でも速いとは云えません。
クロスバイクやマウンテンバイクで二〇キロとか三〇キロ出すなら歩道は論外ですが、出したくても出せません。
普通のママチャリより総重量が有るので、同じスピードを出せるなら万一の事故の殺傷力は上でしょうが、
実際的に頑張っても一五キロとかで、飛びだされても余裕でブレーキを掛けられる速度しか出ていません。っていうか、繰り返しですが出せません。
「(^へ^) 銀ちゃんの番号ぉおおおおおおおお!」
大粒の雨がレインジャンパーを叩き、冷たい汗と熱すぎる汗が体力を削っていたはずなんですが、吐く息が蒸気のようにそれを疲れという現象に発展させなかったというか。
84gのハイパーモードが止まりません。
昨日までの負け犬モードからの反動と銀次パワーによって、マジでこのときの俺は無敵状態。
三三番は銀次の背番号であり、ただの工事か何かのチョーク書きですら、俺にはエネルギーになっているというか、何かが普代村に俺を呼んでいるような神懸かり的な発露に繋がっていました。
シャーマニズム。銀次教のシャーマン俺。世界が全て自分のために存在しているという実感。その状態を無敵と呼ぶ。
「(^へ^) いらっしゃいませ普代村ぁあああああああ!」
84gの方が普代村に行っているわけですが、マジでこんなテンションでした。
そしてここに来て、更なる天啓が降ります。
「(^へ^) ま、まさか、銀次が背番号を軽くしないのは、仙台と普代村を繋ぐものということなのでは!?」
通常、活躍している選手は背番号を一桁にしたりしますが、銀次は背番号を減らしません。
三三という中途半端な番号なのは、もしや、普代村から東北イーグルスの本拠地である仙台まで三三〇キロという距離を表しているのでは!?
直観めいた確信。ファンの中でその発想に俺は初めて至ったのではないか。
それだけでこの村に来た意味が有ったのでは! シャーマン状態続行中です。
――ちなみに、数年後に何かのインタビューで判明しますが、銀次が三三に拘っているのは銀次の前に三三を付けていた選手に対しての敬意から変えていない、とのこと。
偶然だったんですが、そんなことを知るわけもない当時の俺は、そのまま暴走めいた驀進を続けます。
多くのお店には、銀次応援のポスターやプレゼントキャンペーンの文字が!
宮城を離れて岩手に来てから正直イーグルスの気配はあまりなかった……というか、菊池雄星や大谷翔平ばっかりだったのに、普代村はしっかりと銀次推し。
大谷や菊池を推すなって意味じゃなく、銀次も推してってことだったんだけど、ただただ嬉しい。
「(´;ω;`) アイ・ラブ・フダイムラ……普代村大好き……」
「(´;ω;`) めっちゃウマい……銀次の味(?)がする。これ食ってないヤツ、人生損してる……」
そんな頃、変なスイッチを入れっぱなしにするなとばかりに、相棒の自転車がツッコミを入れます。
パンクです。
この旅初のパンクは大雨の中で、山道の中での破損……いや、そこまでは良いとしても、まさかこんなテンションの中で来るとは思ってもいませんでした。
持っていた桶に水を張り、穴の位置を探すと、なんとバルブの付け根。
ここは圧力が強くかかる部位であり、一般的な修理パッチでは修理不能な部位なのです。
後々考えてみたら、おそらく連日の無理の中、空気圧のチェックを怠っており、空気が抜けた状態で雨の山道を走ったことでパンクしたと思われます。
とにかく、俺はそのとき予備のチューブなんて持ち歩いて居なかったし、携帯電話で探すと、普代村には自転車屋が一か所も無い。
詰んだ。最悪だ――そんな状況のはずなんですが、そこはそれ、なんと、そのときの俺は。
「(^へ^) 普代村の人だって自転車は修理するはずだし、どこかでパーツは手に入るはずだよね!」
ハイパー84g状態が続行中。
ナチュラルハイだったんだと思うんですが、全く不安も恐怖もなく、雨の中、修理不能なチューブを手押しできる状態で纏め、歩き出します。
自転車屋もない山奥の村ということで、大体見当は付いているかと思いますが人が居ません。それなりに過疎ってます。
俺はアテもなく歩き、やっとのことで土いじりをしていたお姉さんを見付け、自転車屋さんについて聞きます。
いきなり小汚い旅行者に声を掛けられて驚いた様子でしたが、やはり普代村。やはり岩手。やはり東北。その方も親切に応対してくれました。
「(^へ^) すいませーん、近くに自転車を修理できるお店とか、ありませんか?」
「(;´∀`) え、無いよ? あー、でも……もしかしたら、ねえ、ちょっとー?」
近くに居たご友人を呼んで下さり、そこでお二人で親切に場所を説明してくださいました。
自転車屋さんは無いものの、兼業で自転車の修理をしているというお店の話を聞かせて頂きました。
小高い丘を指差し、お姉さんはあそこだよ、と伝えてくださいます。
テンションが上がった俺は、断崖にそびえる王様の城へ向かう勇者のようでした。
何度もお伝えしていますが、俺の相棒はママチャリでパーツは一般規格であり、恐らく全ての旅する自転車の中で、最も互換性が高い一台でしょう。
俺は教えて頂いたお店……というか、工場に到着しましたが、そこには人の気配は無し。
他にすることもなく雨の中、とにかく待っていると、そのおじさんはやってきた。
「(^へ^) 自転車が壊れてしまってこまっています。部品は有りませんか?」
「(・ω・) ここ、自転車じゃないんだけどね」
東北訛というか、岩手訛のおじさんとの会話に妙に俺の心が落ち着いていた。
倉庫から埃を被ってはいるが、新品のチューブとタイヤを持ってきてくれた。
決してプロの手付きではないし、ところどころ怪しいところは有ったが、そこはふたりで直した。俺の自転車だからね。
おじさんがした若い頃の旅立ち、このあと向かう青森の話。
そして、俺が好きな野球選手の出身地だから来たと伝えると、銀次のことか? と云って下さり、そこも非常に落ち着く。
高校生の頃から有名だったという銀次の話もして下さり、ママチャリが壊れたというのに全くストレスが無かった。
「(^へ^) あ、すいません。お支払いは?」
「(´・ω・`) ん? 払いたいの?」
不思議と乗り逃げしたっていいのに、というニュアンスだった。
俺はママチャリ旅行者で、自分が見るからに金が無さそうな風体であったことを思い出した。
親切。めっちゃ親切。でもそんな人にカネを払わないわけにもいかない。
ちゃんと仕事をしてくれたのだから。
「(*^-^*) じゃあ、千円で良いよ」
良いわけは無い。チューブと外タイヤの交換なら、部品代だけで二千円くらいはする。
確かに俺も修理に参加していたが、俺は相場を払えることを話したが、二千円の支払いに落ち着いた。
これも普通の後輪交換に比べて格安だが。
「(*^-^*) じゃあ、これ、サービス。飴こ」
おじさんがポケットから出したミルキーは、妙に美味くて。
気が付いたら雨も止んでいた。
俺は、この日の眠れる場所を探して、直ったばかりの自転車を飛ばします。