【北海道】【二〇一六年 六月一四~一五】 ・最悪と最高が交互に来るような日々。
【二〇一六年 六月一四日】
雨が降っているものの、さすがに丸一日ゴロゴロしていたので、そろそろ出発することにする。
良いキャンプ場だったが、流石に動かなすぎて身体が冒険したくなっている。
歩道が狭かったので路側帯を走っていたが、突如としてクラクションを鳴らされ、目の前に車が止まった。
落とし物でもしたかと思って俺も自転車を止めると、車からオッサンが降りて来た。
「(`―´) 兄ちゃん、旅してるの?」
「(8Д4) ? まあ、はい」
「(`―´) じゃあ、コーヒーでも飲んでよ」
と千円を差し出してくる。
人に親切にしたい気持ちは分からんではないが、大前提として俺は物乞いではない。
会話の流れで食料を差し入れて貰ったことはあるが、現金を貰ったことはないし、貰う気もない。
「(8Д4) いや、要らねぇっす。お気持ちだけで」
「(`―´) まあまあ」
「(8Д4) マジで要らないです。困ります」
「(`―´) ま、そう云わずにさ」
オッサンは、そう云いながら俺の飲料用のコップに千円札を入れ、車に乗ってしまいました。
俺の気分の問題なんだが、食べ物とか、そのときに持っていた物とかを頂くのは良いんだよ。
疲れてる人間に必要だと思うものを渡すっていう心遣いでさ。ジョギングしてる人にジュースを奢るのと変わらないし。
けど、俺、カネ困ってねぇから。そりゃカネ持ちではないが、日本一周するだけのカネは自分で働いて貯めたし、必要じゃない。
率直に不愉快だった。
汚い姿をしていた俺を見て気持ちは分からんでもないが、本気で不愉快。善意の押しつけ。
悪意ではないのだろう。しかし、このカネは受け取りたくなかった。
後ほど、この千円は熊本地震の募金箱にそのまま入れた。オッサンの善意よ、必要な人に届け。
自転車旅行者を趣味でやっている娯楽人間には必要ありません。
善意を施したいとき、チャリダーに与えるくらいなら、その善意は募金箱に突っ込んだ方が必要な人に届きます。
気を取り直し、雨の中を進む。
宿を求めて移動するが、とりあえず、キャンプ場を目指すが、途中でライダーハウスを発見。
ちょっと覗いてみるかと見てみると、予約必須の文字が。
まあしょうがない、そう思って過ぎようとすると、中から職員さんと思しき人物が登場。
「(・ω・) ここ、予約ないと泊まれないから」
「(8Д4) あ、はい、そうみたいですね」
「(・ω・) んじゃあ、そういうわけだから」
ピシャっと閉める職員さん。……え?
いや、わかってるって。ちょっと覗いただけだから。
何? 今日は本当に何? 小さなストレスが重なります。ここまでで気持ち良い人にばかり当たった反動でしょうか、些末なことでイライラする。
わざわざ言わんで良いと思うんですがそれは。
気にしないようにしつつ、雨の中で地図に載っている無料のキャンプ場を探すが、どうにも見当たらない。既に夕方を過ぎており、体力も限界。
例によって周囲の人に聞き込みをし、キャンプ場を発見……なんだかんだ言いつつ、丁寧に場所を教えて下さる人も居たし、最悪ではなかった。
やっぱり、人に親切にしてもらうのが当たり前だと思ってはいかんなぁ、なんてことを再認識しつつ、到着すると。
キャンプ場というと大きい広場のようなものをイメージしていたので、テントひとつ置くのがやっとで、炊事場とトイレがあるだけというスペースで探せなかった。
さすが北海道。色々な形式がある。雨で冷え切っているので一式を着替え、とりあえず寝る。
それにしても、トイレには毒蛾やキツネも出ると書いて有るし、そこまで立地が良く感じないんだけど、なんでわざわざこんなところにキャンプ場を作ったのか……?
【二〇一六年 六月一五日】
すげえええええええ!
雨が止んだら、そこは絶好のキャンプポイント! これは空を眺めて海風の中でバーベキューキャンプとか最高でしょ!
立地が悪いとか思ってすんません! 最高のロケーションでした!
天気も良く気分はさわやかなものの、数日間風呂に入ってないし、昨日の雨が気色悪いので、秩父別という温泉町にちょっと寄り道して寄って行く。
そのとき、後ろから駆けてくる自転車が。
「(0∀0) やあ、お久しぶりです」
「(8◇4) あれ? どっかで追い抜いてました?」
なんと三日連続で同じ宿だった彼ではありませんか。
雨の中の移動で、どうやら俺の方が先行していたようです。
坂道を押して登る間、ふたりで会話していました。
「(0∀0) 昨日? 雨なんて降られませんでいたけど」
「(8◇4) じゃあ僕が雨と一緒に移動してたんスね。」
「(0∀0) ああ、あのライダーハウスですか。ちょっと感じ悪かったですよね」
「(8◇4) ですよねー」
坂が終わると、ふたりとも坂を滑降して行く。自然と車間距離が空いていく。旅という物は不思議だ。
北海道は旅人が多いが、逆回りが多いのですれ違う人は多かったのに、一緒の宿に三日というのは初めてだった。
最後まで彼の名前は聞かなかったし、俺も名乗りはしなかったが、彼も良い旅だっただろうか。元気だろうか。
名前も知らない友人が、この旅では非常に多くできた。ただ彼が最高の旅だったという、確信めいた直感だけがある。
そして、またまた道に迷った俺は、通行人に助けを求めます。
「(*8Д4) すいませーん、チチブベツってこっちですかー?」
「(^◇^) チップベツ、ならこっちですよー!」
……えー、その節は、大変失礼いたしました。チップベツ、だそうです。
風呂も最高だったし、名物のブロッコリーを使ったパスタとアイスも最高だったぜ! みんなも行こう! 秩父別!
体力も回復! このままガンガン進むぜ!
……が、そこで、まさかの事態が発生します。
分かり難いんだけど、後輪が曲がってます。
この角度から後輪が見えるわけがない。デッサンが狂った絵のように軸からズレています。
キャンプ場を目指していたものの、自転車から降りて自転車屋さんを目指します。
移動中、付けている荷物の重量に負けるように後輪が少しずつ変形していき、転がして移動ではなく、後輪を持ち上げながらじゃないと移動できない状態にまでなる。
装備の重量は約十五キロ。前輪側が機能しているとはいえ、抱えて移動しているので、ほとんど腕力で支えています。
先ほど風呂に入っていて良かった。これで汗が残ってたらマジで死んでた。
後輪の突如としての故障とか、理由を考えるまでもなく、後輪を、文字通り引きずりながら自転車屋を目指します。
「(`―´) あー、これ、スポークが折れたまま走ってましたね」
「(8Д4) スポーク?」
「(`―´) タイヤを支えているハリガネみたいなパーツですよ。重量が掛かってるから折れやすいんです」
自転車屋さんは、遠くにあるストックヤードから中古の後輪を持ってきてくださり、時間を掛けて修理して下さいました。
……もう、後悔と恥ずかしさやら、申し訳なさでこの旅始まって以来の憂鬱でした。
行き当たりばったりの旅、ということで特に勉強もなにもしていなかったが、相棒の自転車に申し訳ない。
すまぬ、相棒。
後輪のスポークは緩みやすく、それの調整を怠ると折れてしまうとのこと。ニップル調整用の器具を購入して、お店の人に頭を下げまくり、出発。
予定していたキャンプ場の受付時間はすでに過ぎている。とにかく走りながら寝場所を確保するしかない……!
「(*8Д4) ……あれ? 軽い?」
明らかにペダルが、軽い。時速一五キロを出すだけで死に掛けていたのに、二〇キロが軽々と出る。
後輪の歪みによって今までは掛からなくていい負荷が掛かっていたのだ。
俺は、自分に対しての苛立ちを解き放つように快走します。当初の予定を遥かに超え、途中の牛丼屋もスルーして、真っ暗闇の中、二日後になると思っていた北海道の大都市、旭川に到達していました。
観光客さんが多くて化粧品の匂いがキツイが、旭川ラーメンを食べ、募金箱に件の千円札を入れ、ネットカフェへ入り、自己嫌悪と最悪の日にピリオドを打ったのです。




