いつつめの おはなし
連夜更新(全6話) 5夜目。
「捕まえたぞ! 災いを呼ぶ魔女めっ!!」
「痛っ、いや! 放して!」
エテレインの腕を乱暴に掴むのは、塔の裏から忍び込んだ 兵士でした。その顔は 眦を吊り上げ、怒りと憎しみに歪む 恐ろしい形相です。
「っ……!!」
「来い!」
塔に閉じ込められ、居ないものとして扱われていたエテレインは、こんなにも激しい憎悪を向けられたのは初めてでした。逃げようにも力及ばず、恐ろしさのあまり 悲鳴は喉の奥に貼り付き、兵士に引き摺られるまま、塔を降りて 地上の王様と それを守る兵士達の元へと向かってゆきます。
「陛下! お告げの魔女を捕らえました!! これ以上の災いを呼ぶ前に、どうか ご処断を!!」
塔を出て、エテレインを引き立てる兵士の上げた声に、その場の視線が集中します。
「『エテレイン』」
寸刻の静寂に、奇しくも 王様とディズの呟きが落ちました。
直後。
「ディズ!!」
長く尾を引く魔獣の絶叫。エテレインに気を取られたディズの胸元に、誰かの放った矢が深々と突き刺さったのです。
兵士たちの歓声の中、ディズの躯はぐらりと傾ぎ、重々しく大地へと墜ちてゆきます。
「ディズ……ディズっ!!」
喜びに弛んだ兵士の手を 無我夢中で振りほどき、エテレインは 力なく横たわるディズの元へ走りました。
走り寄るエテレインに、ディズを囲む兵士が 彼女を捕らえるべく反応しましたが、物憂げな王様の手振りによって引き下がり 道を開けてゆきます。
そんなやり取りには目もくれず、エテレインは前だけを見て進みます。
溢れ出る大粒の涙が視界の邪魔をして、幾度も躓きながら ディズの元へたどり着き、もう 何度も触れた 見かけより柔らかな毛皮の首もとに顔を埋めます。
「ディズ……ディズ。死んでは嫌です。一緒に 灯籠を観に行くって言ったのに……また 提琴を聞きたいって……ディズ、目を開けてください!」
くぐもる声で泣きながら。途中から顔を上げ 目蓋を閉ざしたディズを覗き込み、祈るように呼びかけても。
ディズはピクリとも動きません。
エテレインの嘆く姿に、王様は そっと俯き、兵士たちも喜びを萎ませて 互いの顔を見合わせます。
やがて。
涙を拭った エテレインは悲しい微笑みを浮かべ、ディズの頬を優しく撫で下ろします。
「ねえ、ディズ。貴方と星に包まれる時間は、わたくしには掛け替えのないものだったの……大好きよ、愛しいディズ」
それは 別れの言葉。そして、想いを告げる最後の囁き。
ディズだけに向けられた小さな囁きが、彼の耳に微かに触れて 淡く消え去る前に。
ディズの胸に刺さる矢が、黄金の焔を上げて 瞬く間に燃え尽きました。
「エテレインっ!!」
「なりません 陛下!!」
矢を燃やし尽くした 黄金の焔 は勢いを増して。黒と赤の魔獣を、そして、その傍らに寄り添う エテレインすらも飲み込んで燃え上がります。
娘を捨てた筈の王様は 馬から転ぶように飛び下り、娘の名を叫びながら焔に近づき……兵士たちに取り押さえられてしまいます。
「放せぇ! エテレイン……あぁ!! 放さぬかぁぁ!!」
燃え上がる焔は 真昼のように辺りを照らし、そして 唐突に消え失せてしまいました。
まるで 幻影でも見ていたかのような光景に、呆然としている王様と兵士たちの目の前には 2人の人影が在りました。
「エテ…レイン?」
焔の中に居たにも関わらず、火傷ひとつ無い姿のエテレインと。
「くく、あははははは!!! 漸く戻ったぞ!!! 忌々しき枷は 全て消え失せた!!! はははっ、ははははは!!!」
夜空に哄笑を放つ 一人の男。
その姿は 人のようでありながら、禍々しい赤混じりの黒髪と捻れた角、喜色を湛える深紅の瞳、闇色の衣を纏う……。
「ディザストル……そんな……」
「ま、魔の王が蘇ってしまった……」
不安を囁き会う兵士たちを、ひとしきり笑いを終えた 魔の王 が見回せば。
恐怖という名の沈黙が、その場の全てを支配するのでした。




