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みっつめの おはなし




 連夜更新(全6話) 3夜目。






ささやかな音楽会を重ねて、魔獣と共に音を愛でる空の星が その列びを変える頃。



『そなたの名を聞いてもよいか?』



「わたくしの、名前……ですか?」



いつ頃からか 提琴(ヴァイオリン)を奏でる娘の傍らに寝そべるようになっていた魔獣から、ぽつり と問いが投げ掛けられました。



此処(ここ)に通い、もう 幾月も過ぎた。そなたの奏でる音色は心地よいが、そなたの名は まだ聞いていない』



「……そう言えば、そうでしたね。わたくしの名前は、エテレインと申します」



ぱちぱち と丸くした目を瞬いて、娘……エテレインは小さく くすりと笑って答えます。その口許からは、ふわりと白い息が漂います。



(いにしえ)の言葉で“願い”か……良き名だ』



「ありがとうございます。ふふっ 意外と博識ですのね」



冗談めかしたエテレインの言葉を、魔獣は鼻で笑います。



『伊達に長生きはしていない』



「まぁ!」



そっぽを向きながらも。傍らに寄り添い 毛並みに触れるエテレインを 長い尾で巻き込んで、凍てつく風から守るように翼で包む魔獣に、エテレインはそのまま寄りかかります。



「温かい。ねえ 魔獣さん、わたくしの名前を聞いたなら、貴方の名前も教えてくださいな」



(わたし)の名か……ディズとでも呼ぶがよい』



エテレインが魔獣の名を乞えば、魔獣は遥か彼方を望む眼差しで しばし何かを思い、やがて ディズという名を告げるのでした。



「ディズね。ディズの名前にも、何かの意味や由来があるのですか?」



『……ろくでもない名だ。そなたは知らずともよい』



「えー。ディズだけ秘密にするなんて、ずるいです」






そんな やり取りをしながらも、エテレインとディズという人と魔獣の交流は続いてゆきます。



『エテレイン。外の世界を見たくはないか?』



「え? でも、わたくしは この塔から……」



『この翼は 何のために在ると思っている?』



「まぁ!」




ある時は こっそりと塔を抜け出して、人の知らぬ場所にある 凍らぬ水を湛える泉 と 木々に降り積もる雪 を眺め。



ある時は 誰も登れぬ山の頂きにひっそりと咲く、淡い光を灯す雪色の花 を探して。



どれもこれも。


エテレインが読んだ本の中には描かれていないことです。ディズと共に見る“外の世界”は、エテレインにとって 不思議と楽しさに満ちた世界の一面 を垣間見る、とても貴重な体験なのでした。






楽しい日々は続き、エテレインは 星月夜(ほしづきよ)には そわそわ と窓の外を眺め、心を映さぬ人形のような顔をした食事係が 空の食器を持って立ち去る時を待ちます。



遠く城へと向けて離れゆく 手持ちの明かりを見送って、エテレインは 抱えていた提琴を構えます。



紡ぎ出される旋律は、今では2者の合図の音色です。最初の曲は ディズが最も好むもの、永き時を超えて唄い継がれる 優しい音色の子守唄。



『待ち侘びたぞ』



「ごめんなさい。今日は いつもより食事が遅かったのです」



提琴の音色が空を震わせてから 幾許(いくばく)もせぬうちに、バルコニーに舞い降りたディズは 子守唄が終ると同時に言葉を届けて来ます。少しだけ ふて腐れているように見えて エテレインは ふふふ と笑いながら謝りました。



「今日は どちらに連れて行ってくださるの?」



『今宵は街の近くの崖にゆこう。聖人の祝祭で 夜通し色とりどりの灯籠を……まて、来るな!!』



ディズの慌てた言葉の直後、塔の壁に 鋭い(やじり)の付いた矢が突き立ちました。ディズが咄嗟にエテレインを庇う場所に動かなければ、危うく矢が刺さってしまったかもしれません。



「射てーーー!!」



『馬鹿な! 巻き込む気か?!』



エテレインをも巻き込みかねない一斉掃射に驚愕するディズは、しかし 冷静に紫に光る壁を出しました。花を守っていたものとは違い、エテレインをも覆えるほどに大きく 強固な壁に、篠突(しのつ)く雨ような勢いで 矢が降り注ぎます。



全ての矢が外れ、あるいは防がれた後。



塔の周囲には 幾つもの篝火(かがりび)と 沢山の兵士がおりました。そして。



「エテレイン、やはりお前は お告げ通りの者であったか」



「とうさま……」



エテレインを塔に閉じ込めた この国の王様が、片手に弓を携え、険しい面持ちで 寄り添う2者を見据えているのでした。






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