『もの、その失われた過去』
失われた過去は、
ただ時間のことなのだろうか。
骨董品屋の空気が澱んでいるのも
そこには、いまに繋がる過去があるからだろう
「もの」でさえ失くしたものがあり
そして、なにかしらの気配を漂わせる。
わたしは失われた過去に堕ちてゆくのが好きだ。
部屋の中の「もの」に触れながら
過去へ出かけてゆく。
アンティークの写真立ての中の少女が
愛くるしい瞳で
こちらをじっと見ていた。
誰にむけられた微笑みなのだろう
カメラの向こう側にいた人物を想像する。
かつて、背景には、
やわらかい緑や花の色が見えたのだろう。
春の花には
蝶や蜂が飛んでいたのだろうと思うと、
花のほのかなにおいと
にぶい蜂の羽音さえ聞こえてくる…
どうか、
この瞳が曇ることのない
素晴らしい人生だったことを祈って…
こんなにも可愛いものがなくならないように。