表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

デラシネ依存症

 ―――――【根無し草―ねなしぐさ―】

       意味:地に根を張らず、ただ水の上をゆらゆらとどこまでも漂い続ける草。浮草のこと。


挿絵(By みてみん)






 私達の存在というものは、本当に確かなものであるか。


人は他に認識されて初めて、自分がそこにあるのだと認識すると感じられる。

人は誰かに自分というアイデンティティを振りかざして初めて、本当に生きているのだと肯定される。




  そこで私は、明日生まれてくる君に、明日死んでいく君にあえてこの言葉を贈ろう。




  根無し草

のような存在








 例えば君が生まれて間もない―――そう、それこそ一糸纏わぬ小さな赤ん坊だったとしよう。

君はこの世界の物質を自らの肺へと送り込み、さぞかし満足しているご様子。

しかし、その隣で君とよく似た君が大きく息を吸い込んでいる。


そのとき君は大きな不快感とともに、そのもう一人の君を刺殺したくなる感情に見舞われた。


 だが、よく考えてほしい。その隣で笑う君との間を区別する、絶対的な指標はあるのだろうかと。

ガラスケースの向こうで泣く君に、君達に個が個であるというプラカードが掲げられているとは思わない。


君達は、名前というラベルにすがってただ生きているだけかもしれないからだ。





  例えば君が森の中で小さな虫たちを見つけたとしよう。

木の樹液に集まる虫たちを見て君はゆっくりと網を構える。

君は昆虫が好きだ。だから君は、捕まえた昆虫をいつものように針で突き刺していく。


そんないつもの日課を前に、君の後ろで大きな網が振りかざされていたとしたらどうだろう。


君の体に何本もの針が突き刺さり、届かない鳴き声を上げようと、無慈悲にも君の体はいつまでも朽ちることのない。


そんな訳はない。そう君は思った。だが本当にそうだろうか。

あの焦点の合わないたくさんの目。頭から伸びる触覚。骨の無い体。その他・・・

そこに君と虫との間に隔てるものに、なんら違いはないはずだ。


君達は自分の、まるで金メッキのような浅はかな知識にすがってただ生きているだけかもしれない。





  例えば君が学校の帰り、いずれの二つの選択をするとする。

汚らしい中年の男を前に化粧をし体を売ろうが、同級生の異性と二人きりで手をつないで街灯の下を歩こうが、そこに何ら相違点はない。


結局は君は自分の幸せ、幸せだと錯覚するその感情に支配されている。哀れにも、君の脳から分泌される液体に支配されている君の行為は、無限の蛆虫を生産する蠅の交尾と違いは何ら変わらないはずだ。


君達は、自身のどこから湧き出るか知りえない、その欲にすがってただ生きているだけかもしれない。






  例えば君が就職し、会社で残業をしていたとしよう。

君には才能はない。努力する根気も、お金もない。

ただ、人一倍ずる賢く、人一倍執着心が強かった。


ある日君は、誰もいないオフィス。同僚の机へと向かって歩を進め始めた。

それだけで君はもてはやされた。


騙し蹴落とし踏み潰し、最後に残ったのは冴えない二文字。

君はそれだけを得るために、どれだけの時間を浪費してきたのだろうか。


だから最後に君は、誰もいない世界でひとり静かに首を吊るのだ。


結局君達は、その吹けば飛ぶような肩書きにすがってただ生きているだけかもしれない。





  例えば君が森の中にログハウスを建てたとしよう。

君はこの老後を精一杯楽しむのだと、人里から遠く離れた森林の中に住むことにした。

長年計画していた夢がようやくかなったと君は大喜びで畑を耕す。

着には意気揚々と野菜、果物を栽培した。

ヤギを飼い、鶏も牛も飼った。

当初はやる気に満ち溢れていた生活だったが、ある日途端にやる気がなくなる。


君は、新聞配達の娘に恋をしてしまったのだ。


ここは人里離れた山の中。

動物たちの声はもう彼には聞こえない。


結局君は、その一生を自分のために消費することしか考えていなかったのだ。








  例えば君が死んだとしよう。

君の体は朽ち果て、果てには燃焼されたとしよう。

そこで君はその気体を君と呼ぶことができるだろうか。

切り落とされた腕を、それを自分のものだと言い、吐いた息を、それを自分のものだという。

しかし、そこのどこに君はいるのだろうか。


それは君の脳みそである。

それは君の心臓である。

それは君の妄想である。


では、君は一体どこにいるのだろうか。


結局君たちは、その3次元空間に残留した低レベル物質に固執する低レベルな存在にすぎないのだ。








     帰る場所もなく、帰る地も家もない






                永遠に宙を漂う





     不安定な、ふわふわと何処までも続く大海。







             そんな世界で君は、


             そんな世界でも君は、



     やっぱり今日も何かへと手を伸ばし、そして決してに放さぬように、


             必死にそれを抱き寄せるのだ。



          それがいつか、私たちの世界になるまで・・・





   これこそ根無し草のような存在(rootless being)ともいえようか









――――――【根なし草―でらしね―】

        意味:浮草のように、漂って定まらない物事や、確かなよりどころのないもの

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ