飛んで来たのはwho are you?
あれは、いつのことだったか。
重く苦しい現実が私たちを蝕んでいた。
それは、私たちを暗い底へと沈めていく重りだった。
そんな毎日が過ぎ去っていく中、
私たちがもう少しで壊れてしまいそうな時に。
そんな中、彼が現れた。
「少しでも何かを食べないと身体に悪いよ、ソフィア。」
もう何度この言葉を伝えたのかわからない、けれど
「・・・うん、後で食べるよ。」
「・・・。」
いつもそんな言葉で、食べようとしない。無理もないことかもしれない、命を狙われているのに呑気に食事をするなんてできるだろうか。
けれど・・・
「少し、散歩に行こうか。」
「・・・うん。」
散歩、と言っても外に出るわけじゃない。
無駄に広いこの屋敷の庭に行くだけだ。
護衛は私一人、他にも屋敷の周りを警備する警備兵と呼ばれる人達がいるけれどあまり人数が多くないためソフィアの護衛は私が勤めている。
子どもに頼るのも情けない、と以前警備兵の一人が愚痴っていた。
「・・・。」
庭に出て少し歩くと池にかかる小さな橋がある。
橋の上がソフィアのお気に入りの場所なんだ。
その場所に佇むソフィア、その背中はなんだか寂しそうだった。
暫く風に当たり、そろそろ戻ろうか、と声をかけようとした時だった。
「のぁあああぁぁぁぁぁあぃッッ!?」
そんな世にも奇妙な叫び声を上げて空から飛んできた何かが大きな水しぶきをあげながら池に落ちた。
「な、何!?」
「ソフィア下がって!」
私は急いでソフィアを庇うように前に出る。
まさか、影!?こんな時に!
「な、なんなの?」
「わからない、もしかしたら・・・影かもしれない。」
少し悩んだが、最悪の可能性をソフィアに伝えた。
「・・・もう、やだよぉ。」
ソフィアは今にも泣きそうになってしまった。
私がソフィアを守らないと。
それから少し経ち、ついに池に落ちた何かが浮いてきた・・・んだけど・・・。
「・・・は?」
「・・・え?」
なんと言うか、人ではあるのだけれど、背中から浮いてきた?
あれ、待って、これ、もしかして・・・。
「・・・溺れてる?」
「へ!?た、大変!早く助けないと!」
そう言って、ソフィアは駆け寄って行った・・・ってソフィア!?
「ま、待ってソフィア!そいつは影かもしれないんだよ!?」
「それでも放っておけないよ!」
あぁ!もう!それでもってなんなんだ!ソフィアのお人好し!
「もう!しょうがないな!」
私もソフィアの後を追う。
たぶん、あれを引き上げる事にもなるだろうな・・・はぁ・・・。
「引き上げたはいいけど・・・。」
「目を覚まさないな・・・。」
なんとかソフィアと2人で引き上げると、そいつは私達と同い年ぐらいの少年だった。
こんな奴が影なのか?いや、油断は出来ない、私が警戒しないと。
「あの・・・大丈夫ですか?」
声をかけながら謎の少年の頬をペチペチと叩くソフィア、って!
「ソフィア!あんまりそいつに近づかないでって!」
「大丈夫だよ、ステラ。」
私の声に被せるようにソフィアが当然のように答えた。
「この人は違うよ。」
お人好しもここまでくれば才能かもなぁ・・・。
「ソフィアがそう言うなら・・・」
「それにしても、警備の人達は何をしてるんだ・・・。」
「息はしてるみたいだけど・・・よし。」
周りを見渡しながらどうするかを考えていると、ソフィアが少年の顔に自分の顔を近づけてって、ソフィア!?
「ちょちょちょ!ソフィア!?何しようとしてるの!?」
「何って、人工呼吸だよ。息をしてる人にするのも変かもだけど。」
「息をしてる人にするのは逆効果!」
あー、そうなんだーあはははと笑うソフィアに脱力する、神経を尖らせてる自分が馬鹿に思えるよ。
「・・・ん?」
ソフィアとどうするかを話し合っているうちに少年から声が聞こえた。
どうやら意識が戻ったらしい。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
ソフィアがおずおずと声を掛ける。
「・・・死ぬかと思った。どうなってこんな状況なんだ?」
まだ、多少はボケているかと思ったが、割と意識ははっきりとしているらしい。
「貴様が池に落ちてきて、私達が引っ張り上げて助けた所だ。」
そう答えると少年は起き上がった。
「そうだったかー、いやー、すまん。おかげで助かった!ありがとう!」
なんともにこやかに答える奴だな、こいつ。
「あの、貴方は誰ですか?」
ソフィアの質問に対して迷うそぶりもなく答えた。
「俺?俺はシン。シンって名前だ。あんたらは?」
「シンさん、ですか。私はソフィア、そしてこちらにいるのがステラです。」
「さんなんかいらんよ。ソフィアにステラな。よろしく!」
なんか自己紹介みたいになって和やかな雰囲気になってるけども!
その前に、色々突っ込みたい所が色々あるでしょう、ソフィアさん。
「シン、と言ったな。貴様は何故空から降ってきた。」
もし、目的があるなら、それがソフィアを狙うものなら。
私がある程度の殺気を込めて尋ねるがそれを気にするそぶりも見せない。
こいつ、ただの馬鹿か?
「いや〜、ちょいと修行中でして。」
なははは、と笑うシン。
本当かどうか怪しい所だな。
仮に本当だとしても、めちゃくちゃな修行だな。
「あー、それとさ、さっきから気になってんだけどさ、一個聞いていいか?」
なんとも歯切れの悪い答え方だったが、真実か知る事は出来ないな。
そんな事を考えているとシンから話を変えてきた。
「なんだ?」
いやー、と頭をかきながら
「少し前から、気配消してあそこにいる奴らってお前らの友だちか?」
その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、近くの茂みからナイフがソフィアに向かって飛んできた。
「ソフィア!」
「きゃっ!」
ナイフを弾きソフィアの前に立つ。
「・・・俺、余計なこと言った感じ?」
一体何時から忍び込んでいたのか。
目の前には5人の影がいた。
「ステラ・・・。」
「大丈夫、ソフィアは私が守るから。」
けれど、正直この状況は絶望的だ。
向こうはおそらく手練れの影、それが五人。こちらはソフィアと私、それからよくわからない馬鹿が一人。
どうする・・・!
「なー、ステラさんよー。」
「なんだ、こんな時に!」
「いやね?こいつらはなんなのかなかなーって。」
隣に目を向ける事が出来ないから、シンの様子を見る事が出来ないが、声には恐怖も焦りも感じる事が出来なかった。
「・・・こいつらは影。奴らの目的はソフィアの殺害だ。」
「オーライ、わかったぜ。」
よくわからない返事をしてシンは私たちの前に立った。
「つまり、あいつらはステラ達の敵だ。別に倒してしまっても構わんのだろ?」
「お前は馬鹿か!?向こうは影だぞ!?」
あまりにも馬鹿なことを言うものだからつい声を荒げてしまった。
けれど、そんな事を微塵も気にしてない様子でシンは答えた。
「命の恩人を狙う奴、そしてその恩人の敵なら、俺の敵でもある。『恩を受けたら忘れるな、それが可愛い子なら尚更だ』師匠の教えでもあるしな。だから・・・」
そう言って、構えを取るシン。
その手には何も握られておらず、格闘術のような構えだった。
「あいつらは俺に任せて、ソフィアを守ることに集中してな。何、すぐに終わるさ。」
その言葉が聞こえた時には、シンはもう目の前にはおらず、影の背後にいた。
見えなかった、一瞬たりとも。瞬きをしてはいないのに。
『雪月花』
ただ相手を押す様な仕草だったにも関わらず、影の一人が吹っ飛んだ。
そのまま壁にぶつかり、動かなくなった。
・・・・は?
周りの影達も混乱している様だった。そりゃそうだ、ありえない勢いで仲間が吹っ飛んだんだ。
敵のはずなのに何故か、同情してしまった。
当の本人は気にした様子もなく、残りの四人に対して、再度構えをとる。
その顔は、笑っていた。
「さーてと、まず一人。残りもサクッと倒しますか。」
突然の事に混乱していた影だったが、影の一人が吹き飛ばされた仲間の所へ行き、自分の背中に背負い逃げて行った。
「あーらら、撤退の判断が早いのね。情報吐かせようとしたんだけどなー。」
「・・・。」
「んでー、大丈夫だったかい、お二人さん?」
なんなんだこいつ。
私の頭の中はぐるぐると混乱していた。