ウサギ3
「では、私は失礼致します。ごゆっくり、お楽しみになって下さいませ」
男は深々とお辞儀をして、音も立てずにふっといなくなった。
ウサギと二人きりになった。
他のウサギはと言えば、このウサギが呼ばれた瞬間に、来た時と同じように地面を揺らしながら草原に消えて行った。
「ねえ、ご主人様」
俺はいきなりウサギに話しかけられた。
こいつ、喋れるのか。
「な、なんだ」
俺は答えた。反射的によくある一言の疑問形だけ口にした。
「わたしに名前をくださいな」
きょとんとした純真な目で言われた。
目は赤くないのか。どうでも良い事を思う。
「名前……? 名前ってどういうこと?」
「名前ですよ。わたしの名前。ご主人様に選んでもらえれば名前がもらえるのでしょう?」
ご主人様、俺にはそんな趣味ないんだけどなあ。
そんなプレイの趣味もビデオの趣味も、もちろんオタク趣味も無い。
そういえば、教室の前の方の隅の席に数人、そういうアニメが好きな奴が固まってたっけ。
その風景を思い出すと、少し自分が気持ち悪くなった。
「わたしは名前が無いのです」
ああそうか。ペットみたいなものか。確かに名前付けるもんな、愛玩動物には。
どうするかな、意外とすぐには思いつかないもんだな。
自分はペットを飼ったことがなかった。
飼ったことがあるものといえば、夏祭りの金魚ぐらいという一般的なものだった。
金魚すくいの金魚には名前を付けない。
「そうだなー。困ったなー」
俺は呟いて、しばらく黙りこんで考えた。
ウサギは期待した目で俺を見るのでもなく、黙って四つん這いのまま下を向いてて待っている。
ただただじっと待っていた。
その姿はどこか哀しい。
ウサギの名前ってなんて付けるんだ?
ぴょん太とか? 女の子なのに?
「また今度、次に来たらでいいか?」
こんなどうでもいいことでも決められない自分に、少しだだけ情けなさを感じた。
その辺も女の子に縁が少ない要因の一つなんだろうか。どうでもいいけど。
「名前を貰えるとかいほうされるんだ。お願いします。名前を下さい」
ウサギが初めて人間らしい表情をして、俺を見上げた。
哀願の表情だった。
「かいほう? え、いや、どういうい意味?」
必死にウサギは続ける。
「次はありません。あなたは次は忘れてしまします。どうせ忘れてしますのです。今名前を下さい」
ようやく面白い話になってきたかと気分が高まるのを感じながら、女の子の恩人になるのも悪くないとササっと名前をあげた。
俺はウサギを「アヤコ」と名付けた。
もちろん特に意味は無い。
どうでもいいと思えば、案というのは簡単に出てくるものだ。
そう、そんなことは、名前を付けるなんてどうでもいい。
これをクリアしないと始まらないんだろう。
さあ、次はどんな面白いことが起きるんだ。
夢ぐらい予想の付かない面白いものを見せてくれ。