ウサギ1
ぎいいと予想通りの古びた音を立てたドアの向こう側にびっくりしたのは、爽やかな風が肌を撫でるの心地良さに気が付いてからだ。
爽やかな風が、眩しいくらいの緑の草原をさわさわと吹き続けている。
広い。だだっ広い。
もうこの世界には慣れたつもりだけど、ドアの向こうに空間があるなんて、夢だから出来るんだな。
それよりも、僕が目をくらくらさせたのは、きっとこの閉鎖的な薄暗い小屋の空間に、こんな爽やかな空間があったからだ。
そう「空間」
僕は、何故か「外に出た」ではなく「空間」と認識した。
ここも、この妙な「小屋」の中なのだ。
無意識にドアの敷居を跨いで草原を踏みしめていた僕に、傍の男が言った。
「やっぱり、あなたにはここが似合うようですね」
心地の良い風に男の不気味で低い笑い声が混じった。
ああ、確かに、この広い空間に一人というのは何とも解放感があるな。
日常のどうでも良い大学とか人間関係とかなんて、全部気にしなくて良いような気になった。
この草原を駆け回ったら、さぞかし気持ちが良いだろうな。
「では、呼びますか」
男はこそっと呟いた。
「おーい! お前らー!」
男はしゃがれた大声を出した。
こいつが大声を出したのには、少々驚かされたが、そんなものは別に想定の範疇だ。
それよりもぞっとしたのは、こいつの「表情に」だった。
別段、怖かった訳でも不気味だった訳でもない。
無表情。
それも、全く興味がないという表情だった。
それこそ、「どうでもいい」という形容詞が当てはまるだろう。
何故か男が「お前ら」と呼ぶ言葉と無表情さが、どうしてそんな表情で呼べるのだろうという謎の感情を、俺に思い起こさせた。
いや、俺だって、この状況は見た事があるはずだぞ。
見た事……あったはずなんだかなあ。
俺と関係ないどこかで。
そんな不気味さを抱えているうちに、爽やかな風を切って、ドドドドドドという足音が聞こえてきた。
白いもこもこした動物が地平線の向こうから、大きな音を立ててやって来る。
大きさは、羊くらいか?
隣の男はにやにやした顔に戻っている。
ああ、もうこの顔は慣れた。
どうやら、こっちに向かってくる家畜は羊じゃないらしい。
それに俺が驚くのを想像してにやにやしているのだろう。
じゃあ、あの耳からすると、大きなウサギか何か?
違った。
近付いて来ると共にハッキリと見えてくる姿。
もこもこしていたのは、頭の被り物で、ウサギの耳がそこに付いていて、他のもこもこの部分は胸と、下半身と、手と足に付いていた。
それ以外は何も着ていなかった。
そんな姿の少女。
そうだ、女の子しかいなかった。
どうしてこんな少女があんな轟音を出せるのか謎に思う頃には、もうその音はピタリと止まり、ウサギ達は俺と男の前で整列していた。
よく見ると、もこもこ以外は全員違う姿をしていた。
顔も皆違うし、髪型も違う。
手や足の大きさや長さも違う。
ただ一つ。
皆、肌が綺麗だった。
赤ちゃんのような肌だった。