ミドリノキノコ3
「合言葉は」
聞かれたのはこの言葉。
俺は当然のように答えた。
なんだこんな事か。
ああそれ知ってるよ。
「ミドリノキノコ」
「……ではこちらへ」
答えを聞いた男は表情一つ変えず俺を家の中に案内した。
それと同時に今まで並んでいた奴らが「ちっ」とか言いながら散り散りに解散していった。
ここに招かれる客は一人と決まっているらしい。
俺は特に疑いもせず、当然のように足を踏み入れた。
ミシミシ音を立てて入り口の階段を数段下る。
後ろで例の男がドアを締める音が響いた。
気付けばランプのようなものを持った男に廊下を先導されていた。
記憶が少し飛んだが、それも夢ならよくあること。
そしてふと思う。
俺はなんであの合言葉を知ってしたのか。
どこかであの単語を聞いた覚えもない。
あんな妙な言葉使うはずが無い。
記憶にも無い言葉を喋るなんて夢にしてもおかしな夢だ。
そんな少しばかり矛盾したことをぼんやりと考えながら、ランプのオレンジ色で揺らめく薄暗い廊下を歩いて行った。
廊下も木造なのか階段と同様にギシギシという感覚を感じた。
前を歩く男はまだ何も言わない。
ここは一体何所なのか俺は知らない。
しかし何故かそれを聞く気は起こらなかった。
「こちらでございます」
男がぴたりと止まり、手に持ったランプを掲げた。
「ようこそお越し下さいました」
首だけぐりっとこちらに向け、薄気味悪い微笑を浮かべる。
廊下よりも少し明るいくらいの開けた空間。
雰囲気としてはカジノやバーといった感じだ。
実際、俺は本格的なカジノなんて行ったことはないがこんなものなんだろう。
俺のイメージが作り出した夢ならば尚更。
じゃあここはカジノなのだろうか。
確かによく見てみると、カジノに居そうなボーイやバニー姿の美女なんかが、いそいそと客らしき人物の世話をしている。
しかしその客が妙なのだ。
皆上流階級らしき服装をし、仕草も至極上品だ。
しかし行っている行為が狂気の沙汰としか思えない。
目に付いたのは、お互いの肉を食べあう恋人同士らしき男女。
何故かホールの中央に設置されたキッチンでは一組の美男美女のカップルが楽しそうに料理をしている。
こんな会話が聞こえてきた。
「あなたの耳ってとても美味しいのね」
「君の指だって…ああ早くその白く柔らかく美しい指を全て僕に食べさせておくれ」
「まあ…私の指を一番美味しくする調理法を知ってるのはあなただけよ」
「さあ次は人差し指だ」
男は優雅な仕草で女の手を取った。
女はうっとりした目つきで男を見る。
そしてフライパンにはソテーされたそれが…。
ホールの端の柱の影では、日本国首相と思しき人物と某世界大国大統領がチェスのようなゲームをしている。
談笑が聞こえとても仲睦まじい。
「ではここに核を落としますか」
「ややあ、そう来ましたか!では私はここに」
「おお!そこには私も手を焼いてましてな…まったく弱小国の癖に生意気な」
世界地図のようなゲームボードの一部に、ポッと小さな閃光が光った。