ウサギ7
他愛もない会話をアヤコと交わす俺。
それを画面の外から眺める俺。
その構図はしばらく続いていた。
アヤコと話すのは楽しかった。
アヤコは取り立て美人という訳でもないが、可愛い。
仕草や表情が可愛い。
そして何より、話していると楽しくなれた。
画面の外の俺が言う。
「それはキャバ嬢の手口だぞ」
テレビを見ている俺の後ろで、それを見ているまた別の俺が言う。
「何を言ってるんだ、お前はキャバクラなんて行ったことないだろ」
三人の自分を抱えて、時間はふわふわと流れて行った。
特に意味もなく、談笑だけが続く。
だが、三人も自分がいるのだ。
冷静な奴が一人はいる。
誰が初めに気付いたかは知らないが、誰が言い出したかは分からないが、それは伝達され、最終的に草原にいる「俺」が行動に移すことになった。
「君はなんで、なんで、そんなに嘘ばっかり吐けるの?」
壊してしまった。この、何も考えなくても良い空間を。
一瞬、アヤコの顔が引きつり、歪む。
まだ歪みが残る口角を上げて、にっこりと目閉じて、アヤコは静かに言った。
「え、何がですか?」
その声が余りにも大人びていて、俺が逆にピリッとした恐怖を感じさせられた。
しかし、三人の自分が気を張って聞いていなければ分からない程わすかに、その声は震えていた。
「いや、そう言われるとなんとも言えないんだけど……」
「あー、まあ、そりゃ色々ありますけどねー。例えばどれが気になりました?」
アヤコは一転して主権を握ったように追い打ちをかける。明るく声をワントーン上げて、早口で。
俺は、相変わらずどきまぎする。
「『捨てられた子』? 『大学生すごーい』? 『辛くない』? それとも他のことですか?」
「えっと……」
予想以上に確信を突く言葉の連射に、ぐっと喉の奥が痛くなる。
「いや……なんかごめん」
やっと出てきた言葉がこれだ。
「別にいーですよ。何でも聞かれたら答えますよー。ご主人様の言う事ならなんでも答えます!」
一呼吸おいて、アヤコは続ける。
「でも、知りたくないこと。分からない方が良いことってないですか」
俺は、そのときのアヤコがどこも見ていないことに気付いた。
俺のことも見ていないのはもちろん、草原の無限の先を見ているのでもない。
どこでもなく、きっと何も見たくないのだろうと思った。
無限なんて、誰だって見たくないし考えたくない。
「無限に続けばいい」と思うことでも、「どこかで終わってほしい」と、人は無意識に願っているんじゃないだろうか。