ウサギ6
とりあえず、俺は何か返事を返さなくては。聞いといて黙るとかなんかカッコ悪いじゃん。
「ふうん……。それって、辛くないの?」
ヤバイ。思わず口が滑ってしまった。自分は軽率でバカだ。アホだ。
「うーん、どうですかね。辛いとか、あったっけなあ。でも、寂しくても辛くても、死ぬわけにいかないじゃないですか。私達は見るんですよ、夢を。いつか自分に名前を付けて貰える日の夢を。その夢を糧に生きてるんですよ」
アヤコは淡々と話した。
ぐっと彼女の見た目の年齢が上がったように感じた。
目はこちらを見ていない。
周りの風景は、相変わらず焦点が定まらないような、青い空と青々しい草原がずっとずっと無限に続いている。
アヤコの視線はただまっすぐ前を向いていた。
こげ茶色の瞳は力強く見えた。
一体、彼女は何を、どこを見ているのだろうか。
風が俺達を一撫でした後には、アヤコはくるっとこちらを向いて話題を変えようとしていた。
「ねえ、ご主人様! そんなことより、ご主人様の事を教えてくださいな」
屈託のない笑顔でそう迫る。
ふわふわの毛皮が俺に迫る。
ウサギの白い毛が俺の腕に触れる程に……だ。つまりは……。
そりゃ、俺はモテもしない大学生だからな!
こういうのには弱い。
受け答えもしどろもどろに、そしてただ現実のことを喋るだけになる。
「え、いや、俺はタダの大学生で、結構適当にフラフラしてて、遊んだり」
「えー! 大学生ですか! すごい!」
「いや~、そんな~普通だよ、普通」
可愛い子に褒められるのは悪くない。
普段は特に自慢できるものがないのだから、いい夢ぐらい見せてくれたっていいじゃないか。
へらへらと笑って、その次にハッとする。
もしかしたら、この子にとっては「普通」ではないかもしれない。
小さい頃、背伸びして観た社会派ドラマで見た事がある。
そういう子供が集まって暮らす施設を題材にしたドラマだ。
ヤバイ、失敗した。
しかし、そんなことには気に留めないように、アヤコの賞賛の笑顔は崩れない。
「え~、でも頭良いんですよね~! それだけですごいです~」
正直、心地が良い。
この何も考えなくていい夢に迎合して楽しむだけでいたくなる。
単純すぎる褒め言葉はちょっとどうかとは思うが、それでも「夢ぐらい」という甘えがその感情を引き起こす。
さっきのホールにいた首相や男女の気持ちが分かった気がした。
が、それ以上に自分の中では気持ち悪さがモヤモヤと溜まっていた。
その正体は結局、夢から覚めた後も分からなかった。