ウサギ5
アヤコはにこっと笑って返した。
「私は、『アヤコ』ですよ」
いや、そうじゃなくて。
動揺するわけでもなく、笑って返された辺りが怖い。なんなんだ、こいつは。
見た目は大人しくて地味な女の子の癖にどこかに強さを感じる。
胸、腰そして頭を覆うふわふわな真っ白な綿毛が逆に怖い。
「……と言っても、ご主人様はそれじゃあ納得しないでしょうね」
またもや笑って返す。よく笑う子だった。
「どうせ起きたら忘れてしまうんですから、教えても怒られないでしょーねー」
アヤコは遠くの空を見ながら明るく言った。消失点が無いような、真っ青で綺麗な空だ。
「私も、忘れちゃうし」
「私達は、皆捨て子です」
アヤコは俺を見ないまま言った。目線はまだ空を向いている。
「って言っても、もちろんこの世界の捨て子ではないですよ。ご主人様も知っているように、この世界は誰かの夢ですから。現実世界で、捨て子なんです。所謂、赤ちゃんポスト」
また、アヤコは明るくニカッと笑って言った。今度は俺の方を見て言った。
対する俺は、軽く口を開けたまま硬直した表情で向き合っていた。
遠くで俺を観察している俺が、軽く引く程だ。
いやいやいや、なんでこんな夢の話、真に受けて真剣にショックを受けてるんだって。
そんな俺の様子を汲み取りつつ、アヤコの話しは進む。俺が望んだ話なのだから。
「私達の出身は様々ですね。あー、捨て子って言ったのは私が捨て子だからです。すみません、他のタイプもいるんですよ。でも、全員親に望まれなかった子です。捨てられなくても望まれない子。望まれないからそのまま……って子もいるけどどうやって存在してるのか私も不思議に思いますよ」
アヤコはまた遠くの空を見ながら語る。口角と目の形を維持したまま、語る。
柔らかく、優しい笑みのままで。
この夢を見ている俺、すなわちテレビの前に座って相変わらず平凡でつまらない日常を送っていた自分はもちろんこんな話つまらなく思った。
そんな安っぽいドラマみたいな。
さっきの核兵器とかカニバカップルの方が面白かった。
が、今、ここでこんなにもリアリティのある世界で話を聞いている自分は予想以上に真剣に受け止めて、心を痛めていた。
「私達はね、毎晩毎晩夢を見るのです。施設のベッドの中で。または躾の厳しい家の机の上で。傷だらけの腕に鉛筆を握りながらね」
一つも悲しくないように、アヤコは相変わらずの優しい顔で言った。
いつでもこの子は笑っていた。