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03


『あえて違う言い方をするのなら、「ドラゴンの皮膚を貫いても罅一つ入らない」と言うのはどうかな? 凄い剣に聞こえるかい?』

「確かに凄いには違ぇねぇだろうが……普通は、そこまで出来ねぇよ、先ず」


 黒竜の言い方だと、つまりあの剣の真価は先ず竜の鱗を突破出来てから、と言うことになる。

 それもまた『普通』のことではないが、そもそも純粋な剣技で貫くことが出来る、と言う方が明らかに尋常ではない。


「そんな剣じゃなくてよぉ」


 村長は軽く溜息を吐きながら言う。

 このドラゴンを責めるのはお門違いだとは思っていたが、それでも言わずにはいられなかった。


「もっと良いのはなかったのかよ……」

『クククク、人間が竜にねだるなど……片腹痛いわ!』

「ドラゴンがクッキーねだるのも片腹痛くてたまんねーんだが。笑い過ぎて」

『あぅん』


 痛い所を突かれた、とドラゴンはまた口元を引っ掻く。


『いやね。確かに、私の「巣」には魔剣ってのがそこそこあるよ。剣以外にも、杖だとか、なんだとか、それこそ、『普通』じゃない物も、ね』

「だったらよぉ」

『うーん、これまた彼にとって残酷なんだけど』


 竜は村長の言葉を遮って言う。

 本当の所、ドラゴンはそれこそ強力な武器を渡してあげたかった。

 一途で、必死な、無力の少年に力を与えることで、より楽しい時間を過ごしたかった。

 けれど、そうはいかなかった。昨今の風潮。これが、何よりケイムを苦しめていた。今も昔もだ。


『私が持っている、もとい、私の所に来るような連中が持っている武器ってさ、そのほとんどが、使うには魔力が必要なんだよ。そして、彼に魔力が無いのは見てとれた』

「そう、なのか」

『魔剣、魔武器ってそう言うもんだよ。魔法の剣、魔法の武器。魔力がなければ、ガラクタ同然さ』


 ドラゴンの言葉に村長は肩を落した。こんなところにまで『魔法至上主義』の弊害が、ケイムを苛めさせている。


 魔力が無い、魔法が使えない、と言うのは、実際『差別』されている訳ではない。


 ないが、『区別』はされていた。今時、何かしらの戦闘に携わるのならば、魔法は必須条件だ。

 ドラゴンに挑む様な人間なら、当然高レベルの魔法を修めている筈だし、あるいは、ケイムの目標である『アーレクの天樹』の踏破にも、当たり前の様に魔法が必要なのかも知れない。

 果たしてそんな場所で、ケイムは生きていられるのか、今更ながら、老人はあの選択が良かったのかと思い悩む。


『まぁ、私から言わせれば』


 村長の憂うような表情を察してか、ドラゴンが口を開いた。


『魔法を絶対だと思っていて、それ以外を疎かにしているのはカモもいいとこだ。十五年程前に、恐らく人間では超強い奴らが私の巣に来たけど――』

「来たけど、なんだ」

『――瞬殺したよ。魔封結界を張って、戸惑っている間にブレス撃っておしまい。何も出来なかったよ』


 末恐ろしい程に冷たい声だった。竜の牙を覗かす顔からは、落胆の色が強く見てとれた。


 老人は、この普段は気の良く愉快なドラゴンが、やっぱり『ドラゴン』なのだと再認識した。


 確認したわけではないが、と前置きした上で、村長はこのドラゴンの考えは人間からの倫理的観点は通用しないと思っていた。


 子供が好きだから子守りをする。

 退屈だから少年をからかう。

 気に入ったから剣を与える。

 気に入ったから村を守る。


 ――巣に入った、気に食わない連中なら即、惨殺だ。


 ある意味で気まぐれ。ある意味で簡略化されている。好きか嫌いか。気が乗るか乗らないか。

 もし、このドラゴンの機嫌を損ねてしまえば、このちんけな村などあっと言う間に灰になるだろう。

 しかし、この村が今でも健在で、あまつさえ竜が守護していると言う事は――もう、竜に怯える必要は無い。

 気まぐれではあるが、一本線に沿っている。要は、その線に乗れればいいのだ。


 件の『魔法頼りの超強い奴ら』はドラゴンの線に乗れなかった、ただ、それだけだ。


 村長はやれやれと首を振った。


「お前さんに勝てるヤツは、居るのかねぇ」

『居ないね、今のところは』


 竜のその声に自信や自慢の色はなく、ただ有りのままの事実だけが乗っていた。


 そうだろうな、と村長は頷く。


 このドラゴンは竜特有の驚異的な身体能力を持ちつつ、しかもよりによって全ての『魔法』を封じる結界まで張れる。いざと言う時にはその結界を破棄することで、このドラゴン自身も魔法を撃てる。それ以前に魔法でもなんでもない、絶対の威力を誇るブレスを吐き、近づけば爪や牙の餌食で、そもそも普通の攻撃では、竜の鱗は傷一つ付かない。


 ――無敵。

 その二文字が、老人の頭に浮かぶ。村長も他のドラゴンに会ったことはないのだが、大体は察していた。

 生物としての本能が告げているのだ、こいつは、数多の竜より頭一つ抜けている、とんでもない存在だと。


 それを知れば知る程――考えれば考える程、老人にはとある疑問が纏わりつく。


「……お前さんも、ケイムのことも、疑っている訳じゃねぇんだけどよ」


 竜はとても強い。強い、だけでは表現できないくらいに、存在が深く、大きい。

 ケイムは、ただの人間だ。しかも、持っている剣に秘密はなく、魔法も使えない。


 ――どうやって、ケイムは竜を貫く事が出来たのか?


「もう一度、聞かせてくれねぇか? やっぱり、どうしても納得はしきれねぇ……あいつが、ケイムがお前さんを貫いた時の事を、よ」

『……まぁ、無理もないか。前に話した時は詳細を省いたし、正直な話、私だって当時はびっくりしたよ』

「剣をやって、傷つけてみせろと言った癖に、か? 随分とまぁ傲慢だ」

『往々にして、ドラゴンは皆利己的なんだ。断言するけど、私は世界で一番自己中心的なドラゴンだ』

「今もか」

『ミリ―ちゃんのクッキーは誰にも渡さないぞ』

「片腹いてぇよ」


 そこで、老人と竜は笑いあい、やがて、ドラゴンは老人に向かい顎で椅子を指した――長い話になるから、座れと言う意味だ。


 老人は息を薄く吐いて、改めて木製の椅子に座す。深くまで腰を降ろし、背をもたれ掛けた。

 それを見届けた後、竜は口を開いた。


『そうだね、あの日は朝から『嫌な予感』がしていて――――あああ、ちょっと待って、その机にあるのってチョコレートじゃない? 食べたい。あとお茶飲みたい』

「おいおい……」


 どこまでも緊張感がないドラゴンだった。




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