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 カーテンから差し込む朝日が目に眩しい。なんとも爽やかな朝だった。鏡台の前で髪をとかし、着替えてからベッドに座る。

 堀田を退治したことで、ほとんどのことが終わりを告げた。彼は殺人未遂で逮捕され、今も拘留されている。当然過去の結婚詐欺についても追及されているが、これは多分時効になるのだろう。

 ただ、彼方の母親は彼と面会を果たした。その時の様子は詳しく知らないが、彼方によると、その日から彼女はずっとぼおっとして過ごしているようだ。いつものような妄想じみたことはあまり言わなくなり、そのかわり彼方のことばかり気にするようになったらしい。彼女の気持ちが彼方に向いているというのは、よい兆しに思える。彼はこれから長い時間をかけて、失われた彼女との心の本当のふれあいというものを取り戻していくのだろう。

 雪乃は家を出た。彼方は現実に折り合いをつけつつある。今度は、雪乃自信の気持ちに決着をつけなければならない。だから、最後にしのぶに会いたいと思った。

 町を抜け、森に入っていった。しのぶと過ごした、あの秘密の丘へと向かう。その途中で、雪乃はコートの男のことを思った。あれは、結局なんだったのだろう。彼方の、心の闇の象徴か。それとも、雪乃を襲ったということから、彼方が雪乃をレイプしたという濡れ衣の象徴なのかもしれない。あの悲しそうな顔は、役割を与えられて、そのためだけに存在している者の悲哀を感じさせた。

 丘に到着した。その端まで行き、町を眺望してみた。いろいろなことがあった町。しのぶがいて、彼方がいて、悩みも、喜びもすべてここに詰まっている。一年もすれば、雪乃たちも卒業して、ここを離れて旅立っていく。だが、それらは忘れ去られることはない。きっとみんなの心の中で、いつまでも生き続けるのだ。

 気配がした。

 心に動揺はなかった。雪乃が振り向くと、そこにはコートの男としのぶが立っていた。男の顔は再び見えなくなっていた。

「しのぶ……」

 彼女は微笑んでいた。雪乃は、しのぶの気持ちを当てにして今まで自分の決断を先延ばしにしてきた。彼方に決断を促しながら、自分は保留してきたのだ。その罪はきっと重いものではないだろう。しかし、もっと早くそれに気づいていれば、誰かが傷つかずに済んだかもしれないのだ。

「しのぶ、私、決めたよ」

 しのぶは何も言わずにじっとこちらを見ている。

「私、しのぶがいなくても平気じゃないけど、前に進むよ」

 しのぶとコートの男は、少しずつ姿がかすんでいった。周りの風景と彼らが混ざっていき、もう間もなく消えてしまうくらいまで存在が薄くなっていった。

 もう二度と会えないのかもしれない。でも人が死ぬというのはそういうこと。死んでも、現実にその人は影響を与え続ける。それでいいではないか。

 しのぶが消える瞬間、彼女はなにかを言った気がした。それは聞こえなかったが、なんとなくわかるような気がした。多分、雪乃を笑わせようとしたのだろう。

 雪乃はまた町を見た。彼方はどこまで雪乃の気持ちを聴いていたのだろう。しかし、もうこれからは心を読む必要はない。雪乃は自分自身の言葉でもって、彼に伝えるだろう。

 雪乃は――。

「桜庭」

「え?」

「桜庭。きみはなにをしているんだ」

「か、かなたく……」

「なにを持っているんだ?それは紙か?」

「これは……」

「隠してどうするんだ」

 雪乃の後ろには彼方が立っていた。なにが起こったのだ。自分になにが起こったのだ。わからない。頭が混乱する。

「とぼけないでくれ」

「どうしてここに……」

「ここだって?そうだよ。どうしてここなんだ?どういうことなんだよ!」

 雪乃は彼方がなにを言っているのかわからない。自分はいったいどうしたのだ。自分はなにをしているのだ。ここはどこだ。彼方はこちらをじっと見つめて――。

「もういい。もういいんだよ桜庭。俺にはもうだいたいわかってる。もう頑張る必要なんてない」

「私は……」

「でも聴きたいんだ。きみの口から。どういうことなんだ?ここは町を展望できる丘なんかじゃない」

「彼方くん……」

「ここは部室だ!正確には前部室だったところだ。でもおかしい。俺にはきみが丘にいるって聴こえたんだ」

「……」

「ごめん、俺は今日きみの後をつけてた。それでさっきからその扉の陰で見てたんだよ。しのぶとか、コートの男なんてきみの前には現れなかった。きみだけに見えてたっていうのか?この部室も丘に見えたって?それはおかしい」

「……」

「こっちを見てくれ、桜庭」

「……」

「そうなると、今まで俺に聴こえてきたことも真実じゃないってことになる。きみが見たもの、聞いたもの、それは俺が今まで真実だと思い込んでいたんだ。今までのことはきみの妄想だったのか?それとも俺の妄想?俺はやっぱり狂っていて、きみは今まで俺に話を合わせていただけなのか?違う」

「あ……」

「しのぶの小説なんて存在しない。コートの男とか、しのぶとかも出てきてなんかいない。全部は作り事だ。今までのことは全部きみが仕組んだんだ」

「それは……」

「はっきり言う。きみがテレパスだ!違うか?」

「彼方くん、どうして……」

「そうなんだろう?」

「……」

「きみはテレパシーで声を俺に送った。意図的に。きみは最初から俺を騙そうとしていたんだ。まるできみが見た風景やきみの心の中が真実であるかのように俺に思い込ませようとした。なんとなく、俺がいないときの声はゆったりとして長いのに、俺ときみが一緒にいるときのことは短くて端的だった。それはきみが俺と話しながら声を送っていたからだ。そうだろ?」

「う……」

「ニアを探しにいったとき、落石から俺を救うように声を送ったのはしのぶじゃなくてきみだろう?しのぶは俺が狂ってしまったかと思って真っ青になっていただけだ。本当はきみが咄嗟に助けてくれた」

「ああ……」

「しのぶはきみの前に現れていないし、旧日本兵なんて存在していない。でもあのコートの男は誰だ?あいつだけは俺も見てる。でも顔は見てない。しのぶの部屋にあった『テレパシーの場所』っていうメモもきみがしのばせたんだろう。さなえさんはきみが前にも来たと言っていた。埋めてあった原稿とか、蔵木屋の残りの原稿もきみが用意したんだ。完全に騙されたよ」

「いつから……いつからわかってたの……?」

「……堀田に会いに行く直前に、きみの前にしのぶが現れたって聴こえてきた。その時しのぶが言っていたことが気になったんだ。つまり、俺としのぶが別の学校なのにずっと遊んでいた、っていうやつだ。桜庭、それはきみの勘違いなんだよ。しのぶと俺は小学校が同じだった。ただ学校ではあんまり話さなかったんだ。女子と男子が仲良くしているとからかわれるからね。放課後だけ遊んでたんだ。でも確かに、初めて会ったときは違う学校だったんだよ。しのぶは転校してきたんだ。前に大阪に住んでたって言ってただろう?初めて会った小学校二年生の夏休み、あいつは引っ越し先の下見に来てたんだ。だからそれまで見かけなかった。俺とあいつはほとんど同じ小学校で育ったんだ。あいつがこんな間違いを俺に聴かせてくるわけがない。それで俺は記憶をたよりに書いた、聴こえてきたことのメモを見返した。すると、やっぱりこんな勘違いをするのはきみしかいないってことがわかったんだよ」

「私……馬鹿だね」

「初めはあほくさいって考えを打ち消したんだけど、堀田の家に行った後から、疑問が他にもわいてきた。きみと見つけた原稿の中に、現在の俺がいるシーンがなかったこと、しのぶや旧日本兵が俺の前に姿を現さなかったこと。それと、気づいたんだ。しのぶの部屋にはパソコンがなかったってことに。もちろん病室にもなかった。じゃあ、どうやってあいつは小説を書いたんだ?映画の感想を書いた紙があったけど、あれは多分リビングのパソコンで書いてたんだと思う。だからいちいち印刷してた。リビングのパソコンで長い小説を書くっていうのはおかしい。ノートパソコンくらい買えばいいじゃないか。タイプするだけなら安く手に入る。そういうのが気になったから、確信を得るために今日きみを尾行した。朝から声が聴こえてきていたからね」

「そこまで、わかってたんだね」

「それともう一つ。聴こえてきた描写の中に、きみが昔から児童劇団に所属してた女優だってことが一切なかったのが気になった。きみが映画研究会に入った動機だろうに、おかしいと思ったんだ」

「知ってたんだね。びっくりしたよ」

「どうしてなんだ。今まできみは全部演技していたのか?だから役者だってことを隠してたのか?きみが感じたこと、思っていたことの描写は全部嘘だったのか?きみはなにかの理由でしのぶを利用したのか?なにが目的だったんだ?どこからどこまでが嘘だったんだよ。どうして……」

「……こうなってしまった以上は、話すしかないね。これはね、信じてもらうしかない。でも、今まで騙してたんだから信じてくれないかもね。それは仕方ない。私はね、彼方くんが言うとおりテレパスなんだよ」

「やっぱりか……」

「うん。人の心は読めないけど、声を送ることだけができるテレパス」

 こういうふうにね。

「……そうか」

「持ってる能力はそれだけ。実はね、一也もテレパスなんだ。あのコートの男って、一也なんだよ。一也とはね、昔から仲がよかった。テレパシーが使えるっていうのも、二人だけの秘密だったから。子供の頃は四六時中テレパシーで会話してたよ。お互いのことはなんでも知ってた。だから、今回も協力してもらった。あの子ね、まだバスケやってて、背、大きくなったんだよ。だから、コートの男に化けられたの。テレパシーで会話できるから、いろいろやりやすかったし。一度調べたことがあるんだけど、この町から出なければ、遠くにいても声が届くんだよ」

「俺を監視してたんだろ」

「そう。一也は今年高校一年生になったんだ。同じ高校なんだよ。描写の中で、あなたがこなければいけない時は、あなたが近くにいるのを確認した。来てはいけない時は遠くにいるのを見計らってあなたにテレパシーを送った。一也がその監視役をやったの」

「俺はずっと誰かに見られているような気がしてた。だからさっきこっそり家の裏から出てきたんだ。今一也くんは俺が家にいると思って監視してるのか。そうか、堀田に襲われた後、パトカーがやけに早く到着したけど、それはきみが一也くんにテレパシーで通報するように言ったからか」

「そうだよ」

「でもどうしてこんなことを……なんのために?」

「信じてくれないかな。でもどちらにしても、言わなきゃいけないよね」

「言ってくれ」

「今まであなたに伝えたことは、ほとんどが真実なんだよ。しのぶが出てきて喋ったこと、例えばあなたに共感している、ってこととかは、本当に病室で聞いたことなんだよ。しのぶは照れくさくてあなたに言えないって言ってた。それをあなたに伝えたかった。でもしのぶが超能力者だっていうのは嘘。それはあなたにそう思い込ませるように私が仕組んだ。最初の食堂では、あなたのそばに一也がいたんだよ。あの子があなたの様子を見ながら、遠くにいる私が声を送ったの。隠れながらあなたを追いかけるのは大変だったよ。二人で協力して、結構上手くいったんだけど。あの時はごめんね。あなたの考えていたことは予想で描写したの。後で不審に思われないように控えめにしたんだけど……」

「その後、きみが襲われているという声を送って、一也くんがコートの男に扮装して、駆けつけた俺にちらっと姿を見せた。さらに旧校舎では俺と対峙した。俺は完全に起こっていることが事実だと思い込んでしまったな」

「それから、さりげなくだけど、私の計画にあなたを誘導した。会話のなかでも、彼方くんがそっちに向かうようにいろいろ言ってみたの。それも上手くいった。しのぶの部屋のメモとか、原稿とかも彼方くんが言った通り。蜘蛛男に襲われる時は、その場に立って紙を見ながらテレパシーを送った。回想を送る時も紙を見てた……」

「きみはなにをしようと……」

「しのぶの意思があったことはね、本当なんだよ」

「意思?」

「私ね、しのぶがあの遺言を言って、彼方くんを追いかけた後、しのぶからあなたのことについて聞いたんだよ。彼方くんが予想した通り、しのぶは日記を見てた。だから、あなたを心配してたんだ。あなたのために、私に付き合ってくれって遺言を残そうとしたのも本当。でも、彼方くんがその遺言を中途半端に知ってしまった以上、もうどうすることもできないってしのぶ落ち込んでた」

「あいつが……」

「だから、私は言ったの。私が必ずなんとかするって、しのぶと約束したんだよ」

「約束……」

「うん。だから全部私が計画した。今更なにを言っても、彼方くんは私と付き合わないだろうって思ったんだ。それがしのぶの意思だったとしても。彼方くんは、私がしのぶの遺言通りにあなたと付き合おうとしているって思うかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。真面目なあなたは、すべてを打ち明けても、全部自分で背負おうとするって思ったの」

「多分、そうしただろう」

「もっと早くしのぶの思いを知っていれば、相談に乗れたのにって後悔したんだよ。それで、決心したんだ。自分の力を使って彼方くんを助けようって」

「テレパシーか」

「うん。私ね、この力が嫌いだったんだ。普通の人と違うっていうのが、すごく寂しくて、一也以外には言えなかった。でも歳をとるにつれて、本当にこれでいいのかって考えるようになったの。人に言われるがままに生きていくのが、本当に人を大切にすることなのかってすごく悩んだんだよ。だから、今その力を役に立てる時なんだって思ったんだ。嘘によって真実を伝えることは許されるんだって自分に言い聞かせた」

「それから計画を練り始めたってわけか」

「そう。私があなたの足かせになっていることを知っていたから、私のことを気にしないであなたを決断させるように仕向ける計画。最初から全部考えて、小説に仕立て上げたの」

「きみは役者だからきみの役を演じきることができた。でもどうして役者だって黙ってた?映画研究会の頃から、きみはそのことを言わなかった」

「彼方くんだって。どうして知っているってことを言わなかったの?」

「……もう、きみは俺の気持ちを知っているだろうから、言うよ。恥ずかしいけどね。ある日、俺はしのぶに演劇のチケットをもらったんだよ。用事があっていけなくなったんだってさ。俺は暇だったから言ってみたんだ。そこでは、きみが主演を勤めていたんだ。もちろん最初はきみが誰だか知らない。でも俺はきみから目が離せなかった。一目ぼれだったんだよ。きみは天才だと思った。後でしのぶにきみのことを聞いてみたらきみがしのぶの友達で、同じ中学校の生徒だってことがわかったんだ。しのぶは、きみからチケットをもらったんだって言ってた。しのぶは俺の気持ちに気づいてたんだろうな。だから俺ときみを引き合わせた。でも俺はどうしてもきみに踏み込めなかった。舞台を見たっていうこととか、劇団をやっていることを知っていることは、しのぶに頼んで秘密にしてもらったんだ。三人で映画研究会をやることになったけど、それでもずっと言うことができなかった」

「どうして?」

「俺はね、きみの芝居を見て、俺が前からよりどころにしていた幻想の壁がぶち壊されるような気がしたんだ。フィクションというのはただの嘘だと思っていた。でもきみは確かに存在する。とても魅力的な姿で実際に存在している。俺はわからなくなったよ。フィクションと現実の違いはなんなんだって。きみは舞台にいる時と変わらないくらい周りに幸せを振りまいてた。俺の中でなにかが変わったんだ。俺は自分の気持ちに戸惑ってた」

「そう、なんだ」

「恥ずかしいよ」

「私も、踏み込めなかったんだよ。テレパシーのことだけで孤独を感じてたんじゃなかったの。しのぶは私が他の人間とは違うって言ってたけど、本当にそうなのかもしれない。劇団では主役に選ばれる度に嫉妬されたし、親は私の気持ちも考えないで価値観を押し付けてくる。演劇はね、好きになれなかった。そんな時、心のよりどころが一也だったんだ。私たちはテレパスだけど、自分の気持ちを伝えるのがこんなに難しいのかって悩んだよ。テレパシーも芝居も、なんの約にも立たない。そんなとき、計画を思いついて一也にも話した。あの子も私と同じ気持ちだった。しのぶにもなついていたし、絶対に協力するって言ってくれたの。私たちも、なにか変われる気がしてたんだね」

「人に言われるがままに振舞っていることに悩んでいるって聴こえてきていたけど、そういうことだったのか」

「そうだよ。上手くいくと思ったんだ。送る言葉はほとんど前もって用意しておいて、その他はアドリブ。大変だったけど……」

「一つ聞きたい。どうしてこんなに大掛かりなことをする必要があったんだ?どうして脚本じゃなくて小説だったんだ?」

「もう少しだったのにな」

「桜庭……」

「私、後悔してるんだ。彼方くんの行動とか、決意とかを見ていて、本当にこんなことをしてよかったんだろうかって思ったんだよ。最後に堀田に襲われたのは想定外だったよ。あなたに怪我までさせてしまったね。ごめん」

「あれは結局は俺自身の問題だった」

「こんなことするんじゃなかった。最初からあなたに真正面からぶつかるべきだったんだよ。騙そうなんてしないで、正直に。結局はしのぶの気持ちまで疑わせることになっちゃったね。でも、本当にしのぶはあなたを心配してたんだよ。私は自分の命をだしにして、あなたに決断を迫るようなこともした。最低だよね」

「……桜庭、俺は……」

「どうして小説なのかって聞いたよね?それには理由があるんだ。あなたが言うようにこんな回りくどい方法をとった理由。どうせね、私のためなんだよ、本当は。あなたのため、しのぶのためっていうのは、きっと嘘。この計画の本当の目的は、私の気持ちをあなたに伝えるためだったんだよ」

「どういうことだ?」

「私はね、あなたのことが好き」

「……」

「前から好きだった。ずっと好きだった。多分出会った時から。でも、しのぶがあなたを好きだと思ってから、言えなかったの。そのうちに、あなたはしのぶの遺言を聞いてしまった。私がいくらあなたを好きだって言っても、あなたは信じることができなくなってしまった。しのぶに気を使っているだけだと思われるようになってしまった。だから、テレパシーで私の気持ちが本物だって伝えようとしたの。聴こえることがすべて真実だと思わせようとした。小説形式にしたのはそのため。脚本では心の中をちゃんと描写できないから。結局、自分のためだったんだ。打算だったんだよ。今言っていることも演技に聞こえるよね。信じられないよね。本当に最低だよ。嫌な子だね」

「桜庭……」

「……」

「俺は……しのぶの小説がまだ続いている気がするよ」

「え?」

「最後の決断を迫られている気がする。堀田とのことを解決させて、俺を幸せにしてくれたような決断を、また迫られている気がするんだ」

「……答えは?」

「もう誰の導きもいらない。きみを受け入れるさ」

「ほんとに?」

「ああ」

「どうして?私はあなたを騙していたんだよ」

「そうだな」

「私、自分が計画したことを実行しながら、しのぶのことを思って自分が成長するのを感じてた。それは本当だよ。でもね、それをわざわざあなたにテレパシーで伝えたのは打算なんだよ。あなたに良く思われたかったんだ。私はしのぶを利用したんだよ。いくらあなたを助けるためだっていっても、勝手に登場させて、勝手なこと言わせたんだ。他にも、あなたによく思われるためにほとんど演技してた。最低でしょ」

「……」

「私、本当に打算的な女なんだよ」

「はっはっは」

「……なに?どうしたの?」

「そんなこと知ってるよ」

「え?」

「俺はね、きみがそういう子だって知ってて好きになったんだ」

「ど、どういうこと?」

「桜庭、俺はさ、病院であんなことがあった後、つまりしのぶがきみに遺言を託した後、あいつに会いに行ったんだ。やっぱりあのままさよならなんて嫌だったからな。そうしたら、あいついつもみたいに笑ってたよ。三人で遊んでた頃と同じように。だから、俺はあの遺言はなにかの間違いだと思ったんだ。あいつはきみのことを話してた。雪乃は天才なんだって言ってたよ」

「そう言われたよ」

「そう、あいつは笑ってた。雪乃は猫かぶりの天才だって」

「嘘……」

「実はね、俺が初めてきみを見た日、演劇を見た日、しのぶにきみのことを聞いたんだけど、その時からあいつはきみのことを性悪扱いして笑ってたよ。『あいつあたしにバレてないと思ってんだぜ』なんて言ってね」

「しのぶのやつ!」

「いつか弱みを握って手下にしてやる、なんて言ってたな」

「しのぶらしいな……」

「堀田に襲われてからしばらくして、考えてみれば変だと思ったんだ。俺に聴こえてきたきみの心の中はあまりにもいい子だったからね」

「酷い!」

「ははは。でもね、しのぶはそんなきみだからこそ、最後に約束できたんじゃないかな」

「彼方くんのことを安心して任せてくれたのかな。しのぶは安心して死んでいけたのかな」

「少なくとも、あいつは笑ってたよ。きっと、今も笑ってるさ」

「そうだね」

「ああ。俺はそう信じてる。永遠にね」

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