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第49話 八の月 四赤の日(4)




「どうして病気の振りをするの?」

「あそこで抵抗しても勝ち目はありませんでしたから。弱っていると見せかけた方が油断させられますし、逃げるとき、有利です」

 現に縄もかけられなかった。

 私はスカートの下に隠してあるナイフのことを思った。壁があるといっても、所詮は貼り合わせた板である。隙間から光が差し込むくらいに安い作りの。これなら壊して逃げることもできるだろうか?

 しかし、忍ばせてあるナイフは三本とも、切るより刺す方に向いた投擲用のものだ。私はこれが得意で、かなり遠くの物でも仕留める自信があった――あの泥棒に卵を投げつけてやったように。

 ああ、もっと色々用意しておけばよかった。だめ元でアディナの前でこのナイフを出すか。いや、まだできることがあるはずだ。

 それに、この馬車がどこまで行くのかが気になる。荷台に積まれているのは私とアディナだけではなかった。木箱が重ね置かれているのだ。

 私は中の一つを開けてみた。小さな実がぎっしりと詰まっていた。

「これ、さっきの?」

「でしょうね」

 閉め直して、私はむかつきをおさえながら座った。とにかく姿勢を保っているのが難しかった。

「とりあえず、もう少し様子を見ましょうか。アジトをつきとめられるかもしれません」

「そこに着いたとして、逃げられないくらい人がいっぱいいたらどうするの? 怪しい工場で、実験材料にされちゃうかもしれないわ」

 まったくこの子はどんな本を読んでるんだか。

「たぶんそんなにたくさんはいません。こういう悪事をはたらく輩は、少人数でやろうとするものです。だって、多くなれば秘密がもれやすいし、分け前が減りますからね。……まあ、希望的観測ですけど」

 いくつかの隙間から一番広いものを探して外を覗くと、樅の林が後ろ向きに流れていくのが見えた。

「あの人たち、どんな悪いことをしてるの? カリンは知ってるの? どうしてあたしたちつかまったの?」

「毒薬を製造して売っているんです。あの大鳥の巣で、そのための毒の実を栽培していた。だから、あそこから出てきた私たちに秘密を知られたと思っているんでしょうね」

「あの赤い実、毒だったの?」

「たぶん間違いないでしょう」

 アディナが矢継ぎ早に質問するので、まるで授業をしているような錯覚におちいった。

「そうなの……。あぶなかったわ。あんなにおいしそうなのに、怖いのね」

 アディナはしみじみと言って、それから真剣な目で私を見上げた。

「さっきの人、どこかで見たと思ったの。思い出したわ」

「さっきの?」

「納屋に来た男の人。前にレオが縛り上げた人よ、おうちを覗いてた」

 私は顔を思い出して比較してみようとしたが、そもそも縛り上げられていた二人の顔はろくに見ていなかったことがわかってやめた。

「保安局から逃げられたのかしら?」

「かもしれませんね。でも……だとすると余計少人数の可能性が高まってきましたよ。いったん足がついた人間をまた使っているということですから」

 逃げたかもしくは釈放されたか。その後どうなったのか、調べておけばよかった。スヴェンも関与したかもしれない。

「おそらく、この毒を作らせていたのは、スヴェン・ボルマンです」

「おじさんが? どうして」

「男爵家は数年前まで、莫大な借金を抱えていたらしいんです」

「……お金が欲しくてしたってこと?」

「でしょうね」

 アディナはスヴェンから贈られた服を複雑そうな目で見下ろした。

 どこに連れて行かれるのか、そこからどうやって戻るか、私は頭の中で計算を始めた。しばらく黙っていると、アディナが不安そうにしているのに気づいた。

「大丈夫。あなたのことは、私が守ります」

 安心させるためにやさしく背中を叩く。

 どうしてこの子を守りたいと思ってしまうんだろう。

 まっすぐだった黒い髪、母さん譲りの緑の目。素直で恐がりだったカタリーナ。

 どこも似てなんかいないのに、ただ年が同じだけなのに、なぜこんなにも親身になってしまうんだろう。

「うん……。ありがとう。でもカリンは平気なの?」

「向こうは私をただの家庭教師だと思っています。その隙をつくしかないでしょうね」

「カリンってただの家庭教師じゃなかったの?」

 晴れの日が続いていたせいか、車輪と馬蹄の巻き上げる土埃がひどく、荷台の中までくもっていた。荷馬車は幾度か曲がり、屋敷からも町の中心部からも離れていった。

「ええ、実はそうなんです」

 どうやら山をぐるりと迂回するようだ。私は頭の中に入っている地図と風景を照らし合わせながら、位置をはかった。どうやら、屋敷とは山を挟んで反対側に来ている。

 ここもまだ、ボルマン男爵家の所有地だ。やはり首謀格はスヴェンに違いない。

 カレーラのことを思い出してまた沈もうとする心を懸命に引き上げる。やがて馬車が止まった。私はアディナをさがらせて、御者席から降りてきた男たちが回り込んでくるのを待った。

 がたがたと音がするのは、車輪に木ぎれをかませているのだろう。それが止んで荷台の鍵が外され、開けられると、私は勢いよく男の喉を手で打った。間髪入れず、ひっくり返る男に驚いているもう一人に飛びかかり、鳩尾を殴ってから開いた後頭部に肘を入れる。

 二人だけか。




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