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第48話 八の月 四赤の日(3)




 アディナの手を引いて、地下道を戻った。

 まったく、己の迂闊さ加減を呪いたくなる。どうして気づかなかったのだろう。納屋は新しく、赤茶の戸を覆い隠すように作られていた。怪しい男たちが庭で見つかったこともあった。大鳥の巣に何かあるかもしれないことくらい、予想できたはずなのに。

 ギルの言う通りだ。探偵にはなれそうもない。

「……止まって」

 出口が近づいたところで、私は声を低めてアディナに注意を促した。

「どうしたの?」

 嫌な予感がする。

「私が先に行きます。ここで待っていてください」

 ランプはアディナに預けて梯子を登りきり、納屋に出る。そこはしんと静まりかえっていた。いつもと同じように。

 けれど、どうしようもない違和感が広がっている。

 涼しい場所から出たばかりなのに、ぞくりと寒くなるような感覚に肌がひりついた。

 アディナを追うときに乱暴に散らかした木箱が、隅に並べられている。これを戻した「誰か」は、地下への扉が開けられたことを知っていて、塞がなかった。ということは、向こうはこちらが戻ってくるのを待っていたのだ。そう、出口はここしかないのだから。

 私は納屋の扉を睨んだ。

 どうする。応戦するか。それとも。

「……カリン?」

 下からアディナの心細そうな声がした。それと同時に扉が開く。男が一人、二人、三人と狭い中に踏み込んでくる。まるで酒場へ入るかのように無造作に歩いているが、浮かんでいる表情は友好的なものではなかった。

「ずいぶん小さいネズミだ」

 はじめに入ってきた男が言った。敵は全部で五人。しかしこれだけとは限らない。そして、下にはアディナがいるのだ。

 せっかく無力な少女に擬態していても、これでは油断を誘って勝ちを奪うのは難しい。

 考えろ。あの土地を使っていたのは間違いなくスヴェンだ。スヴェンがアディナに手を出させるだろうか。

 相手をしないでここを切り抜ける方法は――そうだ。

「あ、あなたたちは……」

 意図的に喉の奥をせばめた。乾いた咳が出て、口元を抑える。

 思い出せ。あの時、カタリーナはどんな表情で苦しんだ。どんな風に倒れた。

 立て続けに咳き込むと自然に背が丸まった。

「……なんだ。どうした?」

「かじったんじゃないか」

 苦しい。涙が出てくる。立っていられなくなって膝を折ると、誰かが袖をつかんだ。アディナだ。

「カリン、カリン、しっかりして」

 私はすがりついてくる彼女の手を強く握った。

 離れないで、アディナ。

 震えながら前のめりに上体を倒し、それでも手だけは離さない。

「どうします?」

 私たちはぐるりと囲まれた。伏せていてもそのくらいはわかる。喉が詰まってひゅうっと高い音がした。

「ここに置いてとくわけにいかねぇだろ。連れて行け」

 腕を掴まれ、引き起こされる。私はぐったりとしたまま、されるに任せた。



 門番は私を見ても何も言わなかった。スヴェンが来てから置かれるようになった門番だ。当然、グルなのだろう。シュテファンあたりが通りかかってくれないかと願ったが、信心薄い私の願い事は叶った試しがない。

 無造作に放り込まれたのは、荷馬車の中。引っ越しの荷物を運ぶ時などに使われる、鍵付きの荷台がつけられた二頭立てだ。

 馬の嘶きの後、がくんと世界が揺れだした。

 もう、大丈夫だろうか。目を開けると、薄暗い中、アディナがこちらを見下ろしていた。少し前までは必死に私の名前を呼んだり、離しなさいと騒いだりしていたというのに、今はきょとんとしている。

「……もっと心配そうな顔をしてください」

 横になったまま小声で囁くと、また揺れて、頭を打った。ちらりと進行方向に目を向ける。やはり、ここから御者席は見えない。よし。

「あ、ごめんなさい。でも……」

「今はいいですよ」

 体を起こしてにこりと笑ってみせると、アディナが勢いよく抱きついてきた。

「やっぱり! だって、あたしちっとも苦しくないもの。変だと思ったわ」

「そうですか? 私は空咳というものがこんなに苦しいというのを、今日初めて知りました」

 顔を近づけながら、小声で話す。車輪の音で多少かき消されるとはいえ、用心に越したことはない。




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