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第40話 八の月 三橙の日(4)




「カトリーネ、話をしないか」

 門を出たところでレオが待ち伏せしていた。本当にしつこい男だ。

「私はあなたとお話しするようなことはありません」

「僕の方にはあるんだ」

 坂を下って林へ向かう。たぶん、こいつとはある程度親しくなった方がいいんだろう。それだけの価値を持っている男だ。だけどそういう利害の問題以前に、話をしていたくないと思うんだから仕方がない。怒らせない程度にあしらおう――と、考えていたのだが。

「アディナが何者かもうわかっているんだろう。君は彼女の正体を誰にも明かさないと誓えるかい」

 レオが切り出した内容はいつもの軽口ではなかった。

 私は足を止めて、彼と向き合った。

「……はじめからそういうお約束ですから。仕事のことを口外したりはいたしません」

「演技はそこまでにしてもらいたいね」

「私は演技なんて――」

 レオはいつもと変わらない、余裕のある表情をしていた。けれど何故か私の体はすくんだ。

「僕は真剣に話しているんだよ。営業用の笑顔はやめて、あの林の前で見せたような冷たくさげすむような表情をしてくれないかな」

 ……そんなひどい顔をしただろうか。

 レオはおかしそうに吹き出した。緊張は一気に緩んだ。

「そんなに困った顔をしなくてもいい。つまり、本音を見せてくれってことさ。君の言う、へらへらした大仰な物言いもやめただろう。友達のような感覚で、腹を割って話してほしいんだ。わかるね?」

 彼は馴れ馴れしく私の肩を叩いたが、意外なことにそれほど不快ではなかった。

「僕だって本気で君を奥方にしたいなんて思ってないさ。実際、君はちょっと若すぎるしね。さあ、僕の本心をひとつ打ち明けたよ。次は君の番だ」

 私はひとつ深呼吸をした。

「私はアディナ様のことがとても好きなんです。ですから、誓って、彼女に害の及ぶような真似はしません」

「……それは、神に誓うの?」

「いいえ、あなたと私自身に」

 私はもうすでにアディナの正体をギルに話している。けれど口にしたことに嘘はなかった。

「やっぱりいいね、君は。話していて気持ちがいい。どうだい、年の離れた親友ってことで、ひとつ」

「お断りします」

 すげなく言い捨てたつもりだったのだが、それほど冷たい口調にはならなかった。

「君、フィリーネに通っているんだろ。オルデンベルクにもうちの別荘はあったような気がするな。ねえ、今度誘いに行ってもいいかい」

 そのせいか、レオは私の言葉を無視して調子よく続けた。

「家族以外の面会は禁止ですよ」

「そんな決まりがあるの? いやだなぁ。変えてもらおうよ」

 まるで夕食のメニューの変更を希望するかのような口ぶりだったが、本気で学園にかけあいそうにも聞こえるのがこの男の怖いところだ。私はおかしくなって笑った。まあ、変な奴だけど、慣れてしまえば悪くないかもしれないな。



「採光に送光か。なるほどな。一般的なイメージでは送光ばかりが天使の能力とされているが、そちらは実は人間にも扱えてしまう、と」

「そうなんです。しかも採光は、あなたの言葉を借りるなら、一般的なイメージでは」

「悪魔の能力だ」

 私と同じ結論にギルは達した。腕を組んで、難しい顔をしている。

「伝説上」ではなく近年の悪魔には、触れただけで人を昏倒させるとか、近づいた者が衰弱するとかいう話が多い。草木を枯らすというのも本当なら、ますます同じだ。

「誰もがそう思う。教団が隠すのも道理だ。これは本部に報告する必要があるな――だが電信はまずい。帰ってから直接、というのがいいだろうな」

「私もそう思います。慎重になるべきです」

 ギルは私を見て、ふと笑みを浮かべた。

「よくやった」

「は、はい。ありがとうございます」

 真正面から褒められて、くすぐったいやら照れくさいやらだ。昨日あんな醜態をさらしたところだっていうのに。

「今後もいけそうか?」

「多分。怪しまれてはいないと思います。ただ……、伯爵のことは少し気にかかりますが」

「フラウンホーファー卿か。天使の能力のことももちろん把握しているんだろうな」

「はい。なんでも操光師の資格を得ようとしているとか。アディナの話では陸軍庁に所属しているらしいのですが、それで天使庁にも出入りできるという時点で、相当深く関わっていますね」

「そうか、軍か。どちらかな」

 テニエスには神兵団と皇国騎士団の二つがある。神兵団は教団が意のままに動かせる新設の組織で、皇国騎士団は以前からの王国軍を改名したものだ。

 教団と皇家、この二つは、軍以外でも対立している。貴族は教団派と国王派に分かれて、水面下で争っているのだ。

 教団派はいち早く天使とヴァン神教の開祖フーゴにすり寄った者たちで、今では大きな権力を得ている。国王派はそれにあやかれなかった負け組だ。皇王と称されるようになったのに、未だに「国王」という呼び名を使っているところからも、過去にすがっている連中だと知れる。

 たとえば、スヴェンは教団派だ。姉が光神官にあがっていることを見ても、ボルマン家は根っから熱心な教団側なのだろう。

「それは、やはり神兵団じゃないですか? スヴェンも親しそうにしていましたし、というか、下手に出ているというか。もちろん爵位のこともあるでしょうけど」

「ふむ。どちらにせよ、気になるな。僕も彼については噂程度でしか知らないし、戻ったら調べてみるか」

「ええ、お願いします」

 レオが油断ならない人物なのは確かだ。あの口車にのせられて、うっかり余計なことを喋らないようにしなければ。

 休暇はあと一週間と少ししか残っていないが、気を引き締めてあたろう、と私は決意を新たにした。




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