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第28話 八の月 一藍の日(3)




「いらっしゃい」

 アディナはいったん振り向き、きょろきょろと見回した後――そんなことをしても、室内にはウィーダ以外いないのだが――窓枠に足をかけてすとんと落ちてきた。意外と度胸があるんだな。もっと怖がるかと思ったのに。

 次は、納屋の屋根から庭へ。こちらはさっきより距離がでかい。先に降りて手を差し伸べると、アディナはうなずいて思い切りよく私の腕の中に落ちてきた。

「成功ですね」

 ささやくように言うと、アディナはにっこりと笑った。どうやら彼女も少しずつ、この小さな冒険が楽しくなってきたようだ。

 私は納屋の扉を開け、アディナを中に招き入れてすぐ閉めなおした。そこは以前と同じように粉っぽく、雑然とした空間だった。ランプをアディナに持たせて木箱をよけ、床のグレーの戸をあげる。と、アディナは青い瞳を輝かせた。

「地下室?」

 ふたつめの戸を開けて、ランプを受け取る。私が先に降り、アディナがそれに続いた。

「わあ、本当、涼しいのね」

 アディナのはずんだ声が、暗い地下で反響した。

「ここのことは、他の誰にも喋ってはいけません。ふたりだけの秘密ですよ」

「うん。あたし、秘密は守るわ」

「よろしい」

 アディナは気持ちよさそうに伸びをして、道の先へと数歩進んだ。

「これ、どこまで行くの?」

「知りたいですか」

「知ってるの」

 両手を左右に広げた格好でアディナは振り返る。その勢いでペンダントの飾り石が踊り、ランプの光を受けてきらきらと光った。

「もちろん」

 私はランプ持った右手をまっすぐに伸ばし、道の先を照らした。

「この地下道は、百年前の世界に通じているんです」

「嘘」

「信じないんですか?」

「だって……」

 アディナはぐるりと見回した。

「何の仕掛けもなさそうだわ」

「魔法というのは仕掛けの見えるものではないんですよ」

 私は歩き出した。アディナもちょこちょこと後をついてきた。

「魔法使いなんて本当はいないんだって前の先生が言ってたわ」

「トライン帝国が分裂する前までは、どこの領主もおかかえの魔法使いを雇っていたんですよ。歴史の教科書にはそんな余計なことは書いていませんけどね」

「それって千年以上も昔じゃないの。カリンは信じてるの?」

「さあ、どうでしょう」

 少なくとも、怪しげな術に頼る領主がたくさんいたのは事実だろう。効き目があったかどうかは知らないが。

「ねえ、槍とか飛びだしてきたりするんじゃない? こういうところには罠がつきものなのよ」

 仕掛けがなさそうだとか言う割に、アディナは想像力を駆使して勝手に怖がり、私の左手の袖につかまってきた。

「平気です。そういうのは私が全部解除しておきましたから」

「本当に?」

 それは疑いよりも尊敬を多めに含んだ返答だったので、つい笑いそうになった。

「……嘘なのね。もう、カリンの言うことなんて信じないわ」

 待て待て。それはさすがに困る。これからどうやって授業するんだ。

 それにしても、よくこんな暗いところで、私の表情が読めるな。それとも雰囲気で察したんだろうか。

「すみません。もうこういう冗談は言いませんから、今度だけは許してください」

 袖につかまっていた小さな手を握ると、アディナがこちらをじっと見上げてきた。

「……絶対?」

「絶対です。あなたに嘘はつきませんよ」

「わかったわ。今度だけね」

「はい」

 あやうく失いそうになった信頼は、どうにか取り戻せたようだ。ほっと安心しながら、この少女は私が感じていたよりもずっと聡い子どもなのではないかと、今さらながらに思った。

 これは、油断できないな。

「どうかした?」

「いえ……。では、本当のことを話しますね」

「うん」

 アディナは繋いでいない方の手を胸元で握っていた。

「この先にあるのは、大鳥の巣です。たぶんそうなんだと思います。マイゼンブークがあの家の中で大鳥を飼えるわけがないでしょう? でも放し飼いにするのも危険すぎます。とすれば、どこかに大きな鳥籠があったと考えるのが一番自然ですよね」

「大鳥ってあたしより大きいような鳥でしょう? それが何匹も入る鳥籠なんて作れないと思うわ」

「だから、マイゼンブークが作ったんじゃないんですよ、きっと。彼もしくは彼の先達は鳥籠を発見しただけで、作ったのはせいぜいこの通路くらいでしょう」

 それは私の勝手な憶測だったが、たいして外れてはいないだろうと思えた。

 アディナはよくわからないというように首をひねったが、見ればわかりますとうけあって歩いた。そんな話をしているとすぐに終着点までたどり着いた。前にひとりで来た時はもう少し長い道のりに感じたのに。

「これが出口ね」

 アディナがノブを回した。あ、そういえば鍵が、と思ったが、あっさりと開いた。

 どうやら私は閉めるのを忘れていたらしい。しまった、あの時は急いでいたから。まあこの子の目の前で針金を使うのもなんだから、結果的にはよかったということにしておこう。

 暗がりに慣れた目に、光があふれる。アディナは歓声とともに石段を駆け上り、くるくると回った。連日の強い日差しにもめげず緑はいきいきと濃く色づき、七の月に見たときより更に美しくなっていた。

「どうしてこんな素敵な場所を知ってるの?」

「秘密です」

「魔法?」

 私は笑った。




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