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第25話 八の月 一青の日




 朝、仕事に向かう途中の道で、なにか違和感を覚えた。誰かの気配がするとか、そんなことではなかった。風の匂いがいつもと違うような、なんともいえない感じだ。微妙に嫌な気分になって、首をひねりながらも屋敷へ急いだ。

 いつもの南端の部屋を開けようとすると、勝手にノブが回った。

「いらっしゃい、カリン!」

 アディナは見たことのないかわいらしい服を着ていた。褒めると、おじさんにもらったのよと言う。おじさんといえば、当然、スヴェンのことだろう。

「この前はね、お菓子をもらったの。でもお菓子はダニエラが美味しいのを焼いてくれるし、どうせなら服が欲しいですって言ったら、こんなにたくさん」

 アディナは私を寝室まで引っ張っていって、タンスを開けた。これも、これも、とかわるがわる取り出してみせた高価そうなひらひらの服は、四着もあった。今着ているのを入れれば、五着か。

「いつの間に、お土産をもらうほど仲良くなったんですか?」

 はじめは確か、険悪だったような。それに、ひがむわけではないが、私へのお土産よりずいぶん金がかかっているじゃないか。

「なんだかよくしてくれるの。ユーリエがうまく話してくれて、あたしがここにいることを納得してくれてからはずっとそうよ」

「はあ……、なるほど」

 スヴェンはユーリエからアディナの正体を聞かされて、それで下手に出るべきだと判断したのだろう。私はあらためて彼女の生い立ちに思いを巡らせた。巨額の遺産を相続して親族に命を狙われ、ここに匿われているとか。実は高貴な人物の隠し子で、正妻の目の届かぬ所に隠されているだとか。……色々とパターンは浮かぶのだが、なぜかしっくりといかない。

「ねえ、どれが一番似合うかしら?」

 アディナはこの贈り物がたいそう気に入ったらしく、上機嫌だった。それにつられて、私もいつしか朝の嫌な予感のことはきれいに忘れていた。



「おかえり、無事だったんだね!」

 家に帰ると、やたら大げさに出迎えたギルが私を抱擁しようとしたので肘で防いだ。

「痛いな」

「不気味なまねをしようとするからです」

「かわいい娘の帰りが遅かったら、心配するのが男親ってものだろ?」

「はいはいそうですか」

 扉を閉めて靴の泥を落とすと、私は今日の戦果を伝えようと口を開いた。

「報告があります」

「僕にもあるよ」

「そうなんですか? では、お先にどうぞ」

「いや……、ナニーに昼食を温めてもらってからにしようか」

 なにかじっくり話さなければいけないようなことだろうか。それとも、お腹を空かしているかもしれない私を気遣ってくれているのだろうか。

「すみません、昼食はいただいてきたんです」

「またかい? 用意が無駄になってナニーが嘆くよ」

「……ナネッテさんには、私から後で謝っておきます」

 せっかくだから、私の報告の方を先に済ませてしまおう。

「実は明日から、午前中は家庭教師、午後からは遊び相手として引き続きアディナ様のお相手をすることになったんです。だからお昼はあちらでいただくことになりました」

「ほう。ますますお嬢さんに気に入られたみたいだね、よかったじゃないか」

「何言ってるんですか、それとなくそう頼まれるように仕向けたんです。せっかくスヴェンが来ているのですから、屋敷にいる時間は長い方がいいでしょう」

「ああ、そうだね。しっかり頼む」

「はい」

 ギルは満足そうに微笑んでくれた。褒めるのでなく頼むと言われたことが、一人前と認められたようで嬉しい。

「さあ、とりあえず食事にしよう。エル、おまえも席について、付き合いなさい。歩いてきた後だ、喉が渇いているだろう。ミルクでいいかい」

 珍しくギルは真面目な調子だ。

「まだ食べていなかったんですか? 私を待って?」

「帰ってきたのが遅かったんだよ」

 どこから、と不思議に思ったが、それはすぐに明かされた。ギルはハーブ園に出かけていたのだ。空腹だったのか、ソーセージをはさんだパンを二切れ平らげてからようやくギルは話しはじめた。三つめにバターを塗りながら。

「ハーブが枯れてた。ほとんど全滅だ」

 一瞬、なんの事だろうかと、理解に苦しんだ。

「……枯れてた……って、あのハーブ園のハーブがですか? 全部?」

「一晩のうちにね。いよいよ悪魔の仕業だってみんな騒いでたよ」

 私は今朝のことを思い出した。なんだか変な感じがしたのだ。そうか、ハーブ園の近くを通る時、いつものあのほのかな香りがしなかったんだ。

「フローエの旦那さんもいったん家に戻るって言ってたけど、おまえとは入れ違いになったんだろうね」

「そのようですね。全然知りませんでした……」

「うん、まあ、明日あたりにはもう町中に広まるだろうけどね。虫に食われたって感じでもなかったし、今度ばかりは、悪魔が出たと皆が思い込むのも無理はないかな」

 ギルは三つめのパンをかじった。

「凶事をなんでもかんでも悪魔のせいだと決めつけるのは、テニエス人のよくない癖ですね。第一、そんなことをして悪魔の側になんの利益があるんです」

 カレーラ病も、悪魔がばらまいたのだなどと言われていたっけ。

「いや、悪魔が植物を枯らすというのは本当にあったらしいよ。悪魔に国を追われたディーリアス難民が見たっていうんだから間違いない」

「へえ、そうなんですか」

「なんとか天使様に来てもらえないかって話もしてるみたいだけどね。悪魔族に対抗できるのは彼らだけだから」

「……こんな不確かな話で、天使庁が動くでしょうか?」

「どうだろう。難しいかもしれないね」

 ぬるいミルクを飲みながら、暗い気持ちになった。ハーブが枯れた原因がなんであれ、普通ではありえない。この町に、一体なにが起こっているのだろうか。




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