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第24話 八の月 一緑の日




 相変わらずの晴れた日が続いていた。

 ひとりで坂道を下っていた私は、ふと足を止めた。荷物を山と積んだ馬が繋がれていたからだ。柵の向こうには小さな水車小屋があり、その陰になにか不自然に動くものがあった。

 私はバッグをさぐって眼鏡を出した。視界がはっきりすると、ワインの瓶の底の方が斜めになって見えているのだということがわかった。真っ昼間からこんなところで、隠れてラッパ飲みするような人間がいるんだろうか。

 不審に思っていると酒瓶が消えて、ひょいと姿を現した男がいた。スヴェンだ。

 私は素早く小屋に背を向けて眼鏡を外した。かわりにハンカチを出して汗を拭うと、何事もなかったかのように歩き出す。

「先生じゃないか?」

 案の定、いくらも行かないうちに声がかかった。

「まあ……。こんにちは」

 私は振り返って軽く頭を下げた。ユーリエの思い出話を聞いていたらそれほど悪い人間とも思えなくなってしまったのだが、やっぱりどこか怪しいな、この男。

「やあ、今お帰りかね」

「ええ。遅くなってしまったので昼食まで出していただいて……。その後もアディナ様とお話をしていましたら、こんな時間に」

 幸い、スヴェンにはこちらを怪しむ様子はなかった。馬の背の荷物をほどきながら、機嫌良く話す。これが演技ならたいしたものだが、酔っているのだろうか。

「俺はクレリングからの帰りなんだ。ちょうどよかった、お土産があるんだよ」

「は。私に、ですか?」

 スヴェンは笑顔で茶色い包みを差し出した。

「うん。競馬のついでだからね、気にしないでくれたまえ」



 調べによると、五年ほど前、スヴェンは破産しかかったらしい。表向きは事業の失敗ということになっているが、実際のところは運がなかったようだ。――ギャンブルの。

「スヴェンは本当に賭け事が好きなようですね。しょっちゅう来客があるんですけど、ダニエラがこぼしていたところによると、カードをするために集まっているようですし。まあ、その裏でなにか取引をしていないとも限りませんが……」

「うーん、さすがに二階にいながら聞き耳立てるというわけにもいかんだろうしな」

 ギルは元々ぼさぼさの髪をさらにかき回した。

「それから、お酒も好きなようですね」

「うん。女好きに酒好きでギャンブルまでやるとなると、支出が激しいのも道理だね」

 まったく呆れたことだ。

「そんなので信心深い教徒だとかいうのは、矛盾しているような気がしますが」

「でも、表向きだけという感じでもないんだろう、彼の天使好きは」

「ええ、まあ、散々語られましたから……」

 おかげであの日、午後のお茶の時間に至るまで昼食にありつけなかったことは忘れない。

「それで多額の寄付をする余裕があるというんだから、不思議だね。どこからそんな資金を捻出しているのか、いつからそんなに金回りがよくなったのか、そのあたりが問題だな。借金していた頃のことは、もう少し詳しく調べてみる必要があるね」

「わかりました。私もそれとなく周囲に探りを入れてみます」

「ほどほどにね」

 ギルはハーブ園で分けてもらってきたという青いお茶をポットから注いだ。

「たぶん今は疑われていません。というより……、なんだか気に入られたのかもしれません。今日なんて本をもらいましたし」

 へえ、とギルは面白そうに言った。

「どんな本を? 宗教書かい」

 カップが私の前にも置かれたが、まだ熱そうなので少し待つことにする。

「いいえ。以前、家庭教師は初めてで自信がないというようなことを言ったんです。そうしたら、参考になるかもしれないからと、家庭教師ものの物語を」

「ふうん。もう読んだの」

「ええ」

「で、どうだった。ためになったかい」

「いえ全く。……教師と生徒の恋愛物語でしたので……」

 ギルは軽く吹き出した。

「危ない危ない。もう少しでこぼすところだ」

「たぶん、表題だけを見て買ったんでしょうね。暇だったのでつい最後まで読んでしまいましたが」

 ハッピーエンドの物語だったから、きっとお嬢様方にも受けがいいだろう。普通の少女らしさを演出するために有効活用できそうなので、寮に持って帰って、新学期が始まったら彼女たちに貸し出そうと私は決意していた。

「うん、このお茶はうまいな。明日あたりに一袋買ってこよう」

 カップを傾けながら、ギルはひとりでうなずいた。

「スヴェンというのは変な人ですね。慣れてみるとやたらによく笑う、調子のいい男で……」

「そういえば、恋愛物語というので思い出したけど、スヴェンについてはこんな話も聞いたよ。いろんな女とつきあってそのたびにずいぶん貢ぐらしいんだが、相手は一度に一人きりで、二股とかそれ以上はしないらしい。変なところで誠実なんだな」

「そういうのも誠実って言うんですか?」

 ギルは笑った。おまえはまだ子どもだからと暗に言われたようで不快だった。




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