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第21話 七の月 第四聖休日(2)




「あの人は留守番なんです。男爵家の方をここで見かけませんでしたか」

「お仕事熱心なのね。見てきましょうか」

「いえ、そこまでは」

「あちらの方でね、町の婦人会の皆さんが集まるらしいわ。ほら、お聞きになったかしら、悪魔のことで」

 出口とは別の扉を彼女は示した。どこの教会も同じような作りだから多分、あの奥には談話室でもあるのだろう。

「ああ……。ええ、そうらしいですね。テニエスに悪魔だなんて、珍しいことも」

「ここは外から来る人で成り立ってるような町ですからね、もうすぐお祭りもあるし……、悪魔が出たなんて噂が広まったらお客さんが来なくなるでしょう。だからその対策を話すのよ。私も顔を出すことになっているんだけど、ユーリエさんはどうかしらね、外の人だから」

 それまで声を低めていたカペル夫人は、ふと顔を上げて、普段の陶器を打ち鳴らすような通りのいい声質ではきはきと話した。

「休暇を楽しんでね、お嬢さん。それじゃ、あたくし用がありますから、これで」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 カペル夫人が歩み出し、それを見送るために振り返ると、まばらになった人の中にユーリエの姿が見えた。目が合うとユーリエはおっとりと微笑んで、まっすぐ近寄ってきた。よかった。やはり今日は物事がうまくいく日だ、と思いながら挨拶をした。

「おひとりですか?」

「ええ。ダニエラと一緒だったのだけど、用があるって残ってしまったの」

 カペル夫人の向かった扉の方を、ユーリエは見た。ではユーリエは一人なのだ。話をするには都合がいい。

「よろしければ、お屋敷までご一緒させてくださいませんか? アディナ様に渡したい物があって、帰りに寄ろうと思っていたんです」

 口実に持ってきたクッションは、もちろん今日すぐに渡さなければいけないなどということはないのだが、こう言えば断られることはあるまい。計算通り、ユーリエは了承してくれた。

「嬉しいわ。ひとりだと思っていたから」

 こうして、私はユーリエと一緒に教会を出た。中央通りはいかにも礼拝帰りとわかる白い服の人々で賑わっていた。

「今日は、スヴェン様はいらっしゃらなかったのですか?」

「ああ。スヴェンはね、お客様があって別荘に残っているの」

 それとなく探りを入れると、気になる答えが返ってきた。客人とは誰なのだろう。つっこんで聞くのはさすがにためらわれるが、着いたらわかるだろうか。

「聖休日に訪ねてくるなんてと思ったけれど、仕事の関係の人だっていうから、仕方ないわね」

 私の心を読んだということはないだろうが、ユーリエはあっさりとこの疑問に答えてくれた。

「あの子と会うのは三年ぶりなのよ。礼拝くらいは一緒にと思っていたのに、今日は残念だったわ。子どもの頃は夏の休暇をよくここで過ごしたの。あなたと同じようにね。その頃はあの教会もまだ工事中でね、広場に大勢で集まって礼拝をやっていたのよ」

「そうだったんですか……。仲がよろしいんですね」

 はじめにのぞき見た口論が印象に残っていたので、少し意外だった。

「ええ、昔はそうだったわ。スヴェンはね、わがままな子でいつもお父様を困らせていたの。でも私の言うことは不思議とよく聞いてくれたのよ。まだスヴェンの小さい頃に、母が亡くなって……私は母のことを覚えているけれど、スヴェンはあまり思い出がないのじゃないかしら。だからね、それほど年は離れていないけれど、私、スヴェンの母がわりをしなければと思っていろいろよくしてあげたのよ。と言っても、子どものすることだから、せいぜい自分のおやつをわけてあげたりこっそり勉強を手伝ってあげたり、その程度ね。でもいつもあの子の味方をしてあげようって決めてたわ。それであの子も、私のことだけは立ててくれたのね、きっと。懐かしいわ」

 ふたりきりの姉弟。彼らはどんな風にこの通りを歩いただろうか。今より少し若いダニエラもそこにはいたのだろうか。私が生まれるより前の風景を思い描こうとしても、情報が少なすぎて、どうにもうまくいかなかった。

「今は、違うんですか?」

 隣を歩くユーリエはちらりと私を見、それからゆっくりと前に視線を戻した。吐息のような笑いのような小さな呼吸の後で、背をまっすぐに伸ばして言う。

「そうね。もう一緒に遊びに出かけるような年でもないし、離れて暮らしているから滅多に顔を合わせることもなくて……。でもそれが大人になるということね」

 性別の違う兄弟というのは、そんなものなのだろうか。そんな風になってしまうのが当たり前なのだろうか。

「離れて……、そういえばユーリエさんは、エーレンフェストに住んでいるんですよね?」

「ええ、そうよ。話したかしら?」

「いえ。その……アディナ様が、エーレンフェストにお住まいだと聞きましたので、ユーリエさんもそうなのだろうと勝手に思い込んでいました。でも、やはりそうなんですね」

「この前の緑の日、スヴェンがあなたをひきとめて帰してくれなかったのですって」

 ユーリエは唐突に話題を変えた。やはりアディナに関することは、話したくないらしい。

「あの子、なにか言っていた?」

 それならそれで構わない。私とユーリエは、スヴェンのことやダニエラのこと、この町のことなどをとりとめもなく話しながら、山のふもとへ向かってなだらかな坂を上り続けた。




 メルニエの集団発症、カレーラ病と断定


 七の月、四橙の日、天使庁は先遣隊の調査により、メルニエで広がる病をカレーラ病と認定した。これにより、周辺地区は完全立ち入り禁止となり、取り残された住民の安全が心配されている。

 天使庁はこれに第三天使メイサスを代表とする救援部隊を派遣すると発表しており、明日にも水の神殿を出立する見込みである。

 聖歴二三年にアリアーガの農村で初めて確認されたこの伝染病は、終息したものと思われていたが、昨年末より各地で報告されており、原因究明が研究者たちの大きな課題となっている。今回の感染拡大の原因は、七の月、二紫の日に死亡した男性の葬儀にあるとする見方もあり(後略)


           ――テニエス中央新聞 七の月 第四聖休日 朝刊




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