第20話 七の月 第四聖休日(1)
眠りにつくまで降り続いていた雨も、目が覚めればあがっていた。
いつもなら朝食の後すぐに準備をして男爵の別荘へと向かうのだが、今日は聖休日だ。仕事はせずに祈りを捧げる日と決まっている。
敬虔な信者たちは普通、昼前から教会へと出かけるのだが、私はこの暑中休暇に入ってからというもの、一度も礼拝に参加していない。ギルもそうだ。だが今日は支度をして教会へ行こうと私は決意していた。
それもこれも、情報を集めるためだ。ダニエラと違ってほとんど部屋に引っ込んでいるためになかなか話す機会の見つからないユーリエをつかまえるというのが第一の目的で、ついでにスヴェンとも話せれば言うことはない。光神官だというからにはユーリエは礼拝を欠かさないだろうし、スヴェンもあの崇拝ぶりなら来てもおかしくないだろう。
そういうわけで、私は晴れあがった空の下、町の教会へと向かった。昨晩のうちに仕上げたクッションを手提げ鞄におさめ、礼拝用の白い服を着て、いつものように編んだ髪を揺らしながら。さわやかな風が吹き、混じりけのない鮮やかな白の雲が少しずつ形を変えて流れていた。こんな日は、全てうまく回っていきそうな気がする。
教会はケルステンの中心部にあり、オルデンベルクや他の町のものと同じように、外壁が渦を巻いていた。敷地に足を踏み入れた瞬間から儀式は始まっている。螺旋を描きながら歩く人波の中、誰一人として口をきく者はない。それは話をしてはいけないという決まりがあるからではなく、三歩の間息を吸い、次の三歩の間は吐くという、呼吸のリズムがあるからだった。
緩やかなカーブを描いた後で、開かれたままの扉の中に人々は吸い込まれていく。礼拝堂の中ではすでに大勢が席に着いていた。ざっと四百人はいるだろうか。田舎の割に熱心なことだ。これだけいれば、私がこれまでこの町の礼拝に参加していなかったことなど、誰も把握してはいないだろう。
私は列を作ったまま歩き、足が止まったところの席に腰掛けて小さなカップを取り出した。それを目の前のテーブルに置いた後は、準備を済ませた他の信者たちと同じように、膝の上で手のひらを重ねて目を閉じた。
このテニエス風の礼拝が、私は嫌いだった。かといって故郷のものが今でも好きなのかと問われると、複雑だとしか答えようがない。幼い頃は確かに、神に祈ると澄んだ気持ちになれると感じていたはずだ。けれど今はそれに意味を見いだすことができないから、結局どんな形式であっても、あまり好きにはなれないのだろう。
重々しく響く遠雷のような音が背後でして、扉が閉まったことを知った。目を開けると、壇上に白い聖服をまとった教会長が立っているのが見えた。いよいよ始まるようだ。好きになれないのは事実だが、学院の寮でも簡略化された礼拝の時間はあるので、主義を曲げて参礼すること自体は今さらどうということもない。むしろ学院のものより気楽なくらいだ。なぜかというに、学院では説教の感想を述べさせられたり内容を自分なりにまとめて提出することを求められたりするからである。つまり、ここでは注意深く聞く必要がない分だけ気が楽なのだ。
そんなわけで神妙に聞いているふりをして説教の時間をやりすごそうと思っていたのだが、いつもの癖でついしっかり耳を傾けてしまった。結果、後でまとめられることを意識している分、学院の教長の方が筋の通った話をしているということだけはよくわかった。
説教が終わり祈りの時間が過ぎると、甘いお茶がふるまわれた。皆が持参のカップの中に、光神官たちが注いで回るこの液体は、天上の飲み物だということになっている。とろりとした不思議な舌触りで、たった一杯を飲んだだけで夜までお腹が空かない。聖休日はこれを昼食代わりにするのが信者たちのならわしで、たいして信心深くなくともこれを目当てに礼拝に参加するという者までいるくらい人気の一品だ。まあ、節約の一環としてならありだろう。
この味が好きだという女生徒は多かったが、私の個人的な感想としては良くも悪くもない。甘いのだがどこかぴりりと舌にひっかかるような気がする。少なくとも、他のどの飲料とも違う味だ。
あまりたくさん飲もうというつもりになれないので私はわざわざ小さめのカップを持ってきたのだが、ちなみに、大きなカップを持ってきても少なめに注がれるだけである。物好きの誰かさんが様々なカップで通って実証済みだ。その誰かさんは自分の研究結果に満足して以来教会に興味を示さなくなり、今も家でごろごろしているはずである。
そんなことはどうでもいい。ユーリエを探そう。
私はカップのお茶を一気に飲んで、席を立った。
お茶が配られた後に静寂を守る必要はなく、祈りの間は一転して社交場と化している。飲むだけ飲んでさっさと帰る者もいれば、知り合い同士呼び合って近くの席を確保したり、立ち話を始めたりと様々だ。
私はとりあえず扉の近くで邪魔にならないよう気をつけながら立ち、出て行く人々の姿を確認した。たまたま目の前で転んだ子どもを立たせてやった時、脇から若い女性の声がかかった。
「まあ、カトリーネさんではなくて?」
ケルステンで私を見知っている人間はそれほどいない。聞き覚えのある声だったが、残念ながらユーリエではなかった。
イェニー・カペル。こんな辺鄙な田舎町には似合わない都会風の貴婦人だ。私は挨拶をして、一歩下がった。人通りを避けるために。
カペル夫人も自然な様子で私に歩み寄り、そっとささやいた。
「調子はいかが?」
「はい。特に変わったこともなく……」
「そう、気をつけてね。ギルベルトは一緒じゃないのかしら」
彼女はフィリーネ女学院の卒業生で、大地主の妻であり、私とは違って生粋のお嬢様だ。それにもかかわらずギルと親しく、色々と情報を流してくれる「お得意様」の一人だった。