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第17話 七の月 四紫の日(1)




 その日は朝から雨が降っていた。

 よって、別荘までの道のりには傘の力を借りることとなった。こんな日にまた追い返されたりしたらたまらないな。昼前に帰る頃には止んでいればいいけど。

 雨だと、あの子はご機嫌ななめかもしれない。でももしかして逆に、雨も好きだとはしゃいでいたりするだろうか。そんなことを考えながら頭の上ではねる水の音を聴いた。

 屋敷に着くとダニエラが「雨の中わざわざありがとうございます」とねぎらってくれて、湯気のあがるハーブティーを二人分持たせてくれた。

 トレイを片手に階段を上り、いつもの南端の部屋をノックする。が、珍しく返事がない。

「アディナ様?」

 呼んでみても反応がないので、仕方なく勝手にドアを開けた。いつまでもトレイのバランスを保っているのは疲れそうだったから。

 ウィーダが籠の中で羽ばたく。それ以外、動くものはなかった。広い部屋はアディナひとりがいないだけでひどく色あせて見えた。

 閉め切ってある窓を雨粒が叩く。机にハーブティーを置いて、私はアディナの名をもう一度呼んだ。やはり返事がない。

 どういうことだ。もしかして、誘拐とか。いやまさか。

 どっちにしてもユーリエかダニエラに報告すべきだ、と思いついたとき、机の上の置きっぱなしの本になにかが挟まっているのに気づいた。

 フィオナ・オレアリー著、『外つ国訪問記』だ。開くとカードが出てきた。

「カリンへ。今日はかくれんぼをします。カリンが鬼です。私をみつけられたら、授業をはじめましょうね。アディナ」

 ご丁寧に縁飾りの絵まで添えられている。例によって下手くそだ。

 あの、クソガキめ。

 私は深く深く溜め息をついた。

 探し出してどなりつけてやるべきなのかもしれないが、なんだか急にどうでもよくなってきた。思惑に乗ってやるのも癪だし、怒りが限界を超えたというか、馬鹿馬鹿しくなったというか、呆れ果てたというか。

 もういい。ここはあえて無視してやろう。

 私はアディナがふざけた伝言を挟んでいたページより前の方をめくり、章の分かれ目で手を止めた。

 読もうと思えばいつでも読めたが、そのつもりになれなかった本。

 椅子を引いて腰掛けた。どうせすることもない。ちょっとくらい、読んでやるかな。



  第三章「アリアーガの少年」


 この章ではアリアーガを訪れた時のことを記そうと思います。聖歴二四年の春先、ちょうど一年前のことでした。特になにか目的があったわけではありません。まとまった時間がとれそうだったので、旅に出ようと思い立ち、さてそれではどこへ行こうかと考えた時に浮かんだのがアリアーガだったのです。

 改めて言うまでもなく読者のみなさんにはお見通しでしょうが、異国に出かけるのが私の趣味です。生き甲斐と言い換えてもいいでしょう。

 アリアーガも若い頃からいつかは訪れてみたいと思っていた国のひとつでした。実際に計画を立てたこともあったのですが、残念なことに戦争がはじまってしまい、旅行どころではなくなりました。それが七年前のことです。

 行けぬとなればますます行きたくなるのが私の性分で、アリアーガへの思いはますます強まりました。そこでこの休暇の時は、丁度いい、すぐ行こうと、思い立ったその日に準備をはじめたのです。

 みなさんがこれを読まれる頃にはどうなっているかわかりませんが、当時のアリアーガでは局地的な混乱が続いていました。ですから、一般的な国民から見ればアリアーガはまだ物見遊山に出かけられるような場所ではありませんでしたし、友人にももう少し待ったほうがいいと止められました。しかし好奇心旺盛な人間の性、とでも言っておきましょうか、私はそういうアリアーガも見てみたかったのです。これからテニエスに染められていくであろうアリアーガも、今ならまだ私の見てみたかった元の色を残しているだろうと、そう考えたのです。

 かつてのベルトラン・アリアーガ国境付近から、私はアリアーガへ入りました。古くはクレスパインを興したイグレシア率いる解放軍、近年では悪魔征討軍も通ったというロルカ街道を馬車で南下したのです。

 しばらくは、両脇に広がっていたのは荒れ地でした。私の行く道の先は蛇のようにうねって細くなり、空の青と出会って途切れる。進むたびに蛇はその形を変えるので、私は馬車に揺られながらそれを見つめて楽しみました。また、横たわっている大岩を目にしては、これはいつからこの姿でここにあるのだろうか、古代の戦士達は何に似ていると言い合ったのだろうかと空想しました。

 もちろん、この道を行き来したのは軍隊ばかりではないでしょう。大荷物を積んだ商人も、国を追われた貴族も、異国に嫁ぐ姫君も通ったはずです。かの有名な南トラインからギリアに嫁いだ最後の王女のことを私は思い出しましたが、その時たまたま、どうしてもその名を思い出すことができず、もう年だろうかと不安になったものです。みなさんはご存知でしょうか。もちろん、カルディナ王女のことですね。しかし帰ってから調べて知ったのですが、カルディナ王女は船で内海を渡ってギリアへ向かったそうで、ロルカ街道は通らなかったそうです。



 突然、奥のドアが開けられた。飛びだしてきたのはアディナだ。どんな隠れ方をしていたのか知らないが、金の髪がくしゃくしゃになっている。

「カリン!」

 私は本を閉じ、にこやかに応じた。

「まあ、そちらにおられましたか」

 アディナは机の上のカードと私の手にある本とを見比べて、伝言がちゃんと読まれたことを察したらしい。

「ど、どうして探しに来ないのよっ。あたしが勉強しなくてもいいって言うの?」

「お勉強したいのですか? それなら、どうぞ座ってください」




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