第15話 七の月 四藍の日(1)
その翌日も、アディナは好き放題にやらかしてくれた。
この部屋だけ、昨夜は嵐だったのか?
ドアを開けた瞬間、そんな馬鹿げたことを考えた。室内はそれはひどい有り様だった。馬やら船やらのおもちゃが散乱し、椅子は二脚も横倒しになり、人形たちが総出で床を宴会場にしていた。
足の踏み場もないとはこのことだ。
「……おはようございます」
その人形の輪の中心にアディナの姿を見つけて、一応挨拶をする。彼女はにっこりと笑った。
「おはよう、カリン。ああ、いけないわ。そこは壁よ。ドアはこっちなの」
アディナは椅子と椅子の間を指し示した。どうやら私には見えない人形の館がこの部屋の中に存在しているらしい。
もちろんそんなふざけた遊びに参加するつもりはないので、私は目の前に転がっている椅子を持ち上げた。
「だめよ! 壊さないで」
制止の声を無視して、唯一元の位置にあった机の側へ椅子を運ぶ。おそらく、机は重すぎて動かせなかったのだろう。彼女の細腕では無理もない。
「せっかく作ったのに、ひどいわ」
アディナは唇をとがらせて抗議し、私が取り上げようとした人形を抱きしめて死守した。
座り込んでいるアディナはとりあえず放っておいて、私は彼女が持っている人形以外の物を全て片づけた。元の位置であったかどうかの自信はまったくない。要するに、適当だ。
椅子を引きずったせいだろう、波打っている絨毯も平らにして、ようやく勉強のできる環境が整った。
「さあ、座ってください」
椅子の背に手を置いてアディナを見ると、彼女は取り壊された人形屋敷の跡地の真ん中から、ふてくされて私を睨んだ。
「座りなさい」
重ねて厳しく言ったが、アディナは頑として動かない。
「カリンのばか。意地悪」
確かに、意地は悪いかもしれないが、少なくとも馬鹿ではないつもりだ。だから腹は立たない。ハゲていないのにハゲと言われても何ら痛痒を感じないのと同じだ。
子どもの語彙ではこんなものだろう。だから私は余裕たっぷりに微笑んで言ってやった。
「……なんとでも」
「けちへびきゅうり」
なんだとこのガキ。
まあ、いやだ。ムキになっては駄目よカトリーネ。
相手は小さな子どもじゃないの。甘やかされて育った貴族の子どもなんてこんなものなのよ、きっと。
「怒ってもいいのよ」
アディナは人形を腕の中に閉じこめたまま、挑戦的に私を見上げた。
「怒りません。こんなくだらないことで」
落ち着いて、まずはばれないように深呼吸。張り合って言い返したりしたら相手の思うつぼだ。
「本当は怒ってるでしょ?」
「怒ってません」
「ううん、怒ってるわ。わかるのよあたし」
私は動こうとしないアディナに背を向けて、自分の準備を進めた。鞄を開け、本を取り出し、机の上に載せる。
「ぶす」
「誰がっ! こう見えても一応、告白されたことくらい……」
しまった。
アディナは肩を震わせながら大いに笑ってくれた。
「カリンって面白いわ」
笑いすぎて苦しがってしまいには咳き込みだしたが、大丈夫ですかなんて声をかける気にもならなかった。