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第13話 七の月 四青の日(1)

 あのわがままお嬢様を教えるようになって、まる一週間が経った、四青の日。

 ぐったりするばかりの授業が終わり、帰りかけながらどうにかスヴェンの様子を探れないかと思っていると、本人の方から声をかけられた。

「きみ、カトリーネ先生。待ちたまえ」

「はい。なんでしょうか」

「ちょっと話があるんだがね。来たまえ、こっちだ」

 スヴェンは時間はあるかとかそういうことも聞かず、勝手に決めて歩いていった。一階の応接室――先日立ち聞きした、ユーリエとの会話が行われていたあの部屋のドアを、スヴェンは開けた。

「そこに座って。コーヒーでも淹れさせよう」

「あ、いえ、おかまいなく。先ほど、ダニエラさんにお茶をいただきましたから」

「そうかい?」

 ゆっくりと、優雅に見えるような動作で、勧められたソファに腰掛ける。スヴェンは向かいに腰を下ろし、足を組んだ。

「ずいぶんかわいらしい先生だ」

 どういう意味だろうか。

「おそれいります」

 軽く頭を下げて答える。まずい、緊張してきた。コーヒーは淹れてもらうべきだった、そうすれば間を持たせることができたのに。

「きみ、フィリーネの特別入学で、しかも今学期の成績が一位だって?」

「はい。おっしゃる通りです」

「すごいな。俺は勉強は嫌いだったけど、それだけできればさぞかし学校も楽しいだろうね」

 さあ、ここで何と言うべきか。

 受け答えをするたびに、それを考えていた。そのせいで人より少し話しはじめるのが遅くなった。しかしそれは「控えめな人」という印象を周囲に与えたようで、今ではその間を意図的に作るようにしている。

「先生方のご指導の賜物ですわ」

 うむ、とスヴェンは片眉を持ち上げた。そしておもむろに立ち上がり、両手を合わせて揉むようにした。

「ちょうど避暑に来ているところを、姉さんに雇われたそうだな」

 ちょうど、をわざとらしく強調しながら、スヴェンは言った。

「ええ。暑中休暇の二ヶ月間、こちらでゆっくりと過ごそうと思っておりましたら、折良くお声をかけて頂きまして」

 普通の少女ならば、ここで何と言う?

 それはもう考えなくとも反射的にできるようになっていた。努力の成果とも言うべきか。

「なぜ、わざわざケルステンに? 同じアイスラー地方でも、もっと開けているいい場所がたくさんあるはずだが。たとえば、クレリングなんかがそうだ」

「それは、スヴェン様と同じ理由だと思います。たまたまおじさま……、義父の別邸がケルステンに建っていたから。それだけですわ」

 私は、なにが問題なのかさっぱりわからないという顔を作った。

 どうやらスヴェンは私の素性について探りを入れたいようだ。それはやはり、後ろ暗いところがあるからに違いない。

「きみのことは調べさせてもらったよ。ギルベルト・マクシウスの養女。マクシウスというのはビレンブラント社の契約社員だそうだね」

 スヴェンは一言ずつ踏みしめるように部屋を歩いた。私の座っているソファを中心に、ぐるりと円を描くようにして。

「はい。ユーリエさんにもすでにお話しした通りです」

 大丈夫、この男は何も掴んではいない。ただ、問題がないかどうか確認したいだけだ。

「それにしてはずいぶんと、生活に余裕があるようだが」

 スヴェンが横に回ってしまって、目のやり場に困る。とりあえず前を見ると、自然に、壁に飾ってある絵画が視界に入ってきた。

 趣味の悪い、ごてごてした宗教画だ。

 二人の天使が、そこにはいた。揃って金の髪、青い瞳で、向かい合ってたがいに手をさしのべている。けれどその指先は、もう少しのところで届いていない。二人が見ているのは互いの姿で、彼らが救済する対象である地上の人々は絵の中にない。中央にあるのは太陽で、そこから放射状に光が伸びている。左右対称である構図だけが、旧教の美意識を残しているようだった。

「仕事のことは、私にはよくわかりません。でもお金のことは心配いらないから好きなだけ勉強して必要な物は買えばいいと、おじさまはよく言ってくださいます。貿易をしていたご両親の遺された財産があるのですって」

 私はこの天使というやつが好きではなかった。はっきり言えば、大嫌いだ。

 できれば目を逸らしたいくらいなのだが、この絵がとにかく大きい。私の身長よりずっと高い縦幅、そして横幅は縦幅を超えているのである。視界から閉め出すには目を閉じるか不自然にうつむくか横を向くかくらいしかなく、そんなあからさまなことをするわけにはもちろんいかない。

 それで、逆にじっくり見ながら、絵のあらを探すことにした。指の曲がり方が変だとか、右の天使は陶酔しきった表情をしてるなとか。



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