序 『外つ国訪問記』
「父さんはここで死んだんだって」
彼は相変わらずの無表情でした。私は思わず辺りを見回しました。聖なる白で敷き詰められた広場はひっそりと息を詰めていて、わずかな風に揺れる木々も音をたてることを遠慮しているようでした。
「神父だったんだ。占領軍に逆らって、村で聖休日の礼拝を続けてた。それで、捕まって……」
この広場が公開処刑の地だったことを、私はその時まで知らなかったのです。突然、美しく整えられたその場が血なまぐさい臭いに包まれたように感じて、ぞっと身震いをしました。ここで何百人という旧教の信者たちが殺され、そして、彼の父親も。
「うち、母さんがよそに男ができて、出てってさ。父さんが連行されたら、オレと妹の二人だけが残される。それがわかってたのに、父さんは最後までずっと信じて、神様を信じて……、ウソもつかなかった。もう信じないってそう言うだけで、助かったかもしれないのに」
おばさんならどうする?
私には答えられませんでした。子どもを持ったことがなく、また、信仰を捨てよと迫られたこともなかったのですから。
「オレと妹は結局、父さんにも母さんにも、捨てられたんだ。母さんが出てったときは父さんが可哀相だと思った。母さんを許せないと思った。だけど、一緒だよ。父さんも神様を選んで、オレたちをおいてった。よその男の人を選んだ、母さんと同じ、なんだ」
「その、妹は? 今はどうしてるの?」
少年は笑いました。けれどそれは奇妙にひきつった、悪魔の仮面のようにも見えました。
「オレがどこから来たと思う? カレーラだよ」
カレーラと聞いて、私はさらに彼に興味を抱きました。
普段から新聞を隅々まで読む習慣のない人は知らないかもしれないので、一応説明しておきましょう。中には読んだけれどもう記憶にないという読者もいるかもしれません。
それは聖歴二三年、夏の終わりに起こった悲劇でした。
アリアーガ中部にある農村、カレーラで、村人が次々に倒れ、命を失うという事件が起こったのです。原因は未だ以て不明ですが、伝染病であろうということになっています。村人のほとんどが犠牲になり、助かった者は指で数えられるほどで、波及を防ぐために村は焼かれました。前例のない病だったので、これをカレーラ病と呼ぶことになったのです。
「オレがカレーラから来たって聞いて、逃げ出さなかったのはおばさんが初めてだよ」
そう言いながらも、あまり意外そうには見えず、彼は淡々としていました。
けれど、なにも感じていないかのように落ち着いて天使の像を見上げるその瞳の奥には、どれほどの痛みが秘められていたでしょう。
「だって、半年ほども前のことでしょう。カレーラ病はいったんかかったら二、三日で死ぬって聞くわ」
だからこの少年から感染しないことは明らかです。
「うん。そうらしいね」
まるで他人事のような言葉でした。
「あなたは」
「運が良かったのかな。カタリーナが倒れて、医者を呼びに行こうと思って……そのための金が足りなかった。借りようと思ったけど、捕まった。帰った時にはもう、村は焼かれてたよ」
妹の名でしょうか。それを口にした時だけ、彼の表情がわずかに歪んだように、私には思えました。
――――『外つ国訪問記』 第三章「アリアーガの少年」より抜粋