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「寝ていただけだろ」と追放された夜番ですが、皆様はよく眠れていますか?

作者: _mon_mon_
掲載日:2026/10/03

「夜番は今日で終わりだ、レム」


焚き火の前で、勇者ガレスはそう言った。


「理由を聞いてもいいですか」


「お前、昼は荷馬車で寝てるだろ」


「夜に起きていますので」


「夜は何も起きないじゃないか」


ガレスは本気で不思議そうな顔をしていた。


「この六年、野営で襲われたことが一度でもあったか? ないだろ。何も起きない夜に起きてるだけの男に、分け前を五等分するのはおかしい。寝ていただけだろ、お前は」


なるほど、と思った。


起きていただけ、ではなく、寝ていただけ。


昼の私しか見ていなければ、そうなる。


魔術師のイルマは目を逸らした。


神官のコルネは「夜番なら交代でやれますし」と小さく言った。


斥候のビットは干し肉を噛みながら、どうでもよさそうに頷いた。


「分かりました」


私は立ち上がった。


「今夜の分は、最後までやっていきます」


「いらん。今夜から交代でやる」


「そうですか」


荷物は少なかった。


毛布が一枚、鍋が一つ、火打ち石、それから革袋に入れた小石が四つ。


小石は置いていくことにした。あれは私のものではない気がしたので。


野営地を出るとき、一度だけ振り返った。


四人とも、もう寝支度を始めていた。


誰も、こっちを見ていなかった。


それはいつものことだ。


六年間、毎朝、私は同じことを思っていた。


誰か一人くらい、聞いてくれないだろうか。


――夜は、どうだった?


と。


   ◇


夜番の仕事は、起きていることではない。


眠らせることだ。


薪は三本ずつ足す。一度に多く入れると、爆ぜる音でイルマが起きる。


イルマはよくうなされる。そういう夜は、鍋に湯を沸かす。実家が茶屋だったそうで、湯の沸く音がすると呼吸が静かになる。


ガレスは左肩に古傷がある。左を下にして寝ると、翌朝は剣が肩より上に上がらない。だから寝返りを打ったら、丸めた毛布を背中に当てておく。


コルネは足が冷えると夜中に三度起きる。焚き火で温めた小石を布に包んで、足元に置く。革袋の四つがそれだ。


ビットは歯ぎしりがひどい。干し杏を一つ、口に入れてやると止まる。本人は朝、口の中が甘い理由を知らない。


それから、野営地の周りには灰と虫除け草を撒く。


夜鼠は荷を齧る前に追う。灰狼は目が合う前に石を投げる。鈴を鳴らすのは最後の手段で、六年で二度しか鳴らしていない。


鳴らせば全員が起きる。


全員が起きた夜の翌日は、誰かが怪我をする。


だから鳴らさない。


何も起きない夜というのは、そうやって作る。


作っていたつもりだった。


「……まあ、見えないよな」


街道を一人で歩きながら、私は笑った。


眠っている人間には、夜は見えない。


それは、うまくいっていた証拠でもある。


   ◇


三日歩いて、ハルトという宿場町に着いた。


日が落ちる直前だった。門の上から、しわがれた声が降ってきた。


「あんた、走りな! あと百数えたら閉めるよ!」


走った。


門をくぐった背後で、太い閂が落ちる音がした。


「運がいいね。この町の門は、日没から夜明けまで、王様が来ても開けないんだ」


門番頭のマルタは、腰の曲がった婆さんだった。


三十年前、夜中に門を開けて、病を入れたことがあるのだという。それ以来の決まりだそうだ。


「開けないのは分かりました。でも、閉めたあとは誰が見ているんです?」


「あたしさ。ほかに誰がいる」


「毎晩?」


「毎晩。昼に寝て、夜に起きる。若いのは三日で辞めちまう。夜は何も起きないから退屈だ、ってね」


私は門楼を見上げた。


風除けの板が一枚ずれている。あれでは火が流れて、明け方に薪が足りなくなる。


「あの板、直してもいいですか」


「は?」


「それと、今夜は私が起きています。婆さんは寝てください」


マルタはしばらく私の顔を見ていた。


「あんた、何者だい」


「夜番です。三日前まで」


その夜、私は門楼で火を守った。


薪を三本ずつ足した。


塀の外を灰狼が二度通ったので、石を投げた。


何も起きなかった。


夜が明けて、閂を上げていると、梯子を上がってくる足音がした。


マルタだった。湯気の立つ椀を二つ持っている。


「三十年ぶりに、夜に寝たよ」


椀を一つ、私に押しつけた。


「で、夜はどうだった?」


私は、椀を落としそうになった。


「……どう、とは」


「どうもこうも。あたしの代わりに一晩見てたんだろ。何があって、何がなかったか、聞かなきゃ分からないじゃないか」


そうか。


聞けば、分かることだったのか。


「狼が二度。どちらも塀には寄りませんでした。西風で、火は三度足しました。それから、東の空が白む前に、川のほうで鷺が鳴きました」


「そうかい。静かな夜だったね」


「はい。静かな夜でした」


粥は熱くて、塩が強かった。


六年ぶんの朝が、いっぺんに腹に入ってきた気がした。


私はその日から、ハルトの夜番になった。


   ◇


ここから先は、ずっとあとになって、ビットが寄こした手紙で知った話だ。


最初の夜、見張りに立ったのはビットだった。


真夜中を過ぎたころに眠った。斥候は昼に走る仕事だ。無理もない。


二日目はコルネ。足が冷えて眠れないので、焚き火に近づきすぎて、法衣の裾を焦がした。


三日目、イルマがうなされて叫んだ。全員が飛び起きた。翌日、ガレスは寝不足のまま剣を振り、岩に当てて刃を欠いた。


五日目、夜鼠が食糧袋に穴を開けた。


八日目、ガレスの左肩が上がらなくなった。


十日目には、誰も口をきかなくなっていたそうだ。


強い魔物に負けたのではない。


ただ、眠れなかった。


眠れない人間は、まず機嫌を失う。次に判断を失う。最後に、仲間を失う。


イルマは術式を二度間違えた。コルネは祈りの途中で舟を漕いだ。ビットは見えていたはずの罠を踏んだ。


それでも依頼は捨てられず、迷宮に着いたのは二十日目だった。


探索は、入口から二層目で打ち切りになった。


違約金を払い、馬車を売り、四人は一番近い宿場町を目指して歩いた。


着いたのは、日が落ちたあとだった。


私がハルトに来て、ひと月が過ぎていた。


   ◇


「開けてくれ! 勇者ガレスだ!」


門の下で、聞き慣れた声がした。


私は門楼から顔を出した。


松明もなく、四人は互いに寄りかかるように立っていた。ひと月前より、全員ひと回り小さく見えた。


「夜明けまで開きません。この町の決まりです」


「金なら払う! ……レム?」


「お久しぶりです」


ガレスの口が開いて、閉じた。


「お前、ここで何を」


「夜番です」


「なら話が早い、開けてくれ。頼む。もう何日もまともに寝てないんだ」


「開けません」


私は言った。


「王様が来ても開けないそうです。私も、そう決めた人に雇われています」


下で、ビットが地面に座り込んだ。コルネが泣きそうな声で何か言った。


私は籠を出した。


門楼には、遅れて着いた旅人に下ろすための籠と綱がある。開けないかわりに、凍えさせもしない。それもこの町の決まりだ。


薪を一束。毛布を四枚。鍋を一つ。


火の縁で温めていた小石を、布に包んで。ハルトの川原で拾い直したやつだ。冷える夜は自分の足元に置いている。癖だ。


干し杏を一つ。これも癖で、まだ懐に入れて歩いている。食べる相手もいないのに。


綱をゆっくり繰り出す。


「火は門の真下で焚いてください。風が当たりません。薪は三本ずつ。一度に入れると、爆ぜる音でイルマさんが起きます」


イルマが顔を上げた。


「鍋には水を張って、火の端に。イルマさんは、湯の沸く音がするとうなされません」


「……なんで、それ」


「ガレスさんは右を下にして寝てください。背中に毛布を丸めて当てると、寝返りを打っても左肩が下になりません」


ガレスは自分の左肩を掴んだ。


「石はコルネさんの足元に。朝まで温かいです。杏はビットさんの口に。歯ぎしりが止まります」


「俺、歯ぎしりなんか」


「六年、していましたよ」


誰も何も言わなかった。


焚き火が点くまで、ずいぶん時間がかかった。


四人は互いの顔を見ていた。


肩のことを、ガレスは誰にも言っていなかった。


悪夢のことを、イルマは隠していた。


冷えも、歯ぎしりも、本人たちは知らないか、知られていないと思っていた。


六年一緒にいて、四人は互いの夜を何も知らなかった。


昼しか、一緒にいなかったからだ。


「寝てください」


私は門楼の縁に腰を下ろした。


「朝までは、私が起きています」


   ◇


灰狼は一度だけ来た。


目が合う前に、石を投げた。


湯は静かに沸き続けた。


イルマは一度も声を上げなかった。ガレスは右を下にしたまま、子どものような寝息を立てていた。


静かな夜だった。


   ◇


東の空が白んで、私は閂を上げた。


門の下で、四人が起き上がるところだった。ひと月ぶんの疲れが顔から抜けて、少しだけ、最初に会ったころの顔に戻っていた。


ガレスが私の前に立った。


何か言おうとして、やめて、もう一度口を開いた。


「……戻ってくれないか。分け前は、五等分に戻す。いや、お前が多くていい」


「お断りします」


「なんでだ」


私は少し考えた。


恨んでいるわけではない。それは本当だ。眠っている人間に夜は見えないのだから。


ただ。


「ここは、朝に聞いてくれる人がいるので」


「聞く? 何を」


答えなかった。


かわりに、懐から紙を一枚出して渡した。昨夜、火の番をしながら書いたものだ。


薪は三本ずつ。湯の音。右を下に。温めた石。干し杏。灰と虫除け草の撒き方。鈴は最後の手段。


「交代でやるなら、これを。四人で回せば、四晩のうち三晩は朝まで眠れます」


ガレスは紙を見ていた。長いこと見ていた。


それから、顔を上げずに言った。


「……レム」


「はい」


「夜は、どうだった」


六年待った言葉は、門の下の朝靄の中で、ひどく不器用に聞こえた。


私は、ちゃんと答えることにした。


「狼が一度。火は四度足しました。イルマさんは、一度もうなされませんでした」


イルマが両手で顔を覆った。


「静かな夜でしたよ。皆さん、よく眠っていました」


四人は門をくぐって、宿屋のほうへ歩いていった。風呂と寝台と、ちゃんとした朝飯が要る顔をしていた。


翌日の昼過ぎ、荷を詰め直した四人が、反対側の門から街道へ出ていくのが門楼から見えた。


角を曲がる前に、ビットが一度だけ振り返って、手を上げた。


口がもぐもぐ動いていた。たぶん、宿屋で買い込んだ杏だ。


「知り合いかい」


梯子の下に、マルタが椀を二つ持って立っていた。


「昔の、昼の仲間です」


「ふうん」


婆さんはそれ以上聞かず、いつものように言った。


「で、夜はどうだった?」


私は粥を受け取った。


今日も熱くて、塩が強い。


「静かな夜でした」


話し終えたら、日が昇りきる前に寝床へ行く。


夜番の一日は、朝に終わる。


おやすみなさい。


皆様も、どうか、よく眠れますように。


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― 新着の感想 ―
最後ガレス達は街に入らないの? ダンジョン攻略失敗してから今まで宿にも泊まれずにいたんだから、普通に街の宿屋で休まないの? そりゃあ門前で安眠できるようにしてくれたかもしれないけど、野外で寝るよりも風…
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