妖怪不実のつぶやきーーありんす〜言葉を使う妖麗さで、ニタりと嗤う
【退紅の木片と、夜の街に群がる澱の食物連鎖】
アチキの名前は妖怪「不実」でありんす。
姿形は極め付きの花魁の姿。艶やかな黒髪に、闇を溶かしたような黒い瞳、うっとりするような色香を漂わせているでありんす。声を出せば、それは鈴を転がすように清らかで、一度聞いた者は魂を抜かれたように耳から離せなくなると言われているんでありんすよ。必ず両脇には、花魁道中を気取って「禿」を模したおかっぱの女の子を2人連れておんす。
夜の街を艶然と練り歩けば、あんなにも騒がしい群衆がさっと道を開け、インバウンドの観光客なんかは「写真撮っていいですか?」とスマホを向けてきたりする。アチキは妖しく微笑み、
「良いでありんすよ、お撮りなせえ」
と、とびきり甘い声をかけるんでありんす。
このアチキの実態は、人の心を惑わし、ものを奪うことにしか喜びを見出せない人間の「澱」から生まれた妖怪でありんす。
例えば、人の彼氏を奪ったり、人の夫を奪ったり、人の親友を奪ったり、他人が大切にしている宝物を横取りしたり……。そうした人の業と澱が溜まりに溜まって、アチキの姿かたちを形作ったんでありんすよ。
ただ、性質が悪いことに、アチキを生んだ人間たちと同じで、アチキ自身も「奪ったその瞬間」にしか快感を覚えやしない。その人や物に執着があるわけじゃないんでありんす。ただ「うまく奪えた」と分かった瞬間、もうすうっと気持ちが冷めてしまう。そんな人間の黒い心の虚しさからできているからして、アチキの本体は、ただの1本のボロボロの木なんでありんす。
色は、血が乾いたような退紅(たいこう / やけべに)。そして、いつも両脇に従えている2人のおかっぱの女の子の正体も、本体から分かれた2本の「小さな小枝の切れ端」にすぎないんでありんすよ。
さて、アチキをスマホなんかでパシャリと撮られたらどうなるのかって?
そこはまぁ、アチキの妖術の腕の見せ所でありんす。
撮った人間の心にどれだけ澱が溜まっているかによるけれど、だいたいは数年の間、スマホの画面にはあのいかにも妖艶で、誠実そうな絶世の美女の姿がそのまま写るようになっておんす。
けれど妖術が解けたとき、写真に写っているのは、不気味に突っ立ったボロボロの退紅色の木と、その両脇にぶら下がった2本の小枝だけ。そんな気味の悪い写真を目にしてしまったが最後、人間はあまりの不愉快さに写真を捨て、二度と見なくなるか、気の弱い奴なんかはちょっと精神のバランスを崩してしまうんでありんすよ。
……まったく、人の国にやってきて、図々しくもタダでアチキの美しさを収めようなんて、それ自体が自業自得。アチキの知ったことじゃないでありんす。
夜の街を歩いてごらんなんし。ここには、
「所有」ではなく「奪う瞬間」にしか快感を見出せない、虚無感をぷかぷかと漂わせた人間があふれているんでありんす。
物質的にも肉体的にも執着なんてありゃしない。ただ「奪えた瞬間の優越感と背徳感」だけを唯一の糧に生きている、そんな人間ばかり。
そんな人間から生み出されたドロドロとした重油のような粘っこい澱を、今度はアチキが横からチョイと頂戴する……これぞまさしく、夜の街の食物連鎖というやつでありんすよ。
男だろうと女だろうと、心の澱が深くて酷い奴ほど、アチキが振り撒くあま〜い香りに引き寄せられて、寄ってたかってたむろしてくるんでありんす。
そうしたらかむろたちと一緒に、
「おや、おや、どうされましたんで?」
となれなれしく、鈴を転がすような声で囁きながら、相手の口からそのドロドロの澱をごっそり吸い込んでやるんでおんす。
すべてを吸い尽くされた人間は、途端に呆然自失となり、自分のアイデンティティーをすっかり失ってしまう。なぜって、もう二度と「何かを奪う瞬間の喜び」すら感じられなくなってしまうからでありんすよ。
その上、吸い取られた後もアチキのあま〜い香りがしばらく身体にしつこくまとわりつくから、今までそいつに散々奪われてきた被害者たちから、恨みつらみを込めて攻撃的な仕打ちを次々受けることになる。
まあ、これもすべて自業自得というものでありんす。アチキの知ったことじゃないでござんすよ。
さあ、今夜ももっと濃くてどす黒い澱を抱えた人間たちが、この欲望の街にたくさんやってくるといいでありんすねぇ……。




