「覚えていない夢の続き」
⸻
夢の中では、時間は流れているはずなのに、その流れがどこから始まってどこへ向かっているのかを正確に辿ることはできなくて、ただ気づいたときにはすでに“途中”に立っている、そんな感覚だけがはっきりと残る。
白い場所だった。
床も、壁も、遠くまで続いているはずなのに、距離の感覚が曖昧で、歩こうと思えば近づけるのか、そもそも近づく必要があるのかすらわからない。
「……また、ここだ」
自分の声が、少しだけ遅れて返ってくる。
反響しているのか、それとも自分が二度言ったのか、判断がつかない。
「“また”って言うけど」
すぐ近くから、別の声がする。
「ここに来たこと、覚えてるの?」
振り向く。
そこには、自分と同じくらいの年齢に見える人物が立っていた。
どこかで見た気がするのに、思い出そうとすると輪郭がぼやける。
「……覚えてない」
正直に答える。
「でも、初めてじゃない気がする」
「それ、便利な言い方だね」
相手は、小さく笑った。
「覚えてないけど知ってる、ってやつ」
「お前は?」
「僕も同じ」
あっさりとした答え。
「だから、たぶんここは」
少しだけ間を置く。
「“繰り返してる場所”なんじゃないかな」
その言葉は、軽く置かれたのに、妙に重く響いた。
足元を見下ろす。
白いだけの床。
足跡は残らない。
「……何を繰り返してる」
「さあ」
肩をすくめる。
「会話かもしれないし、選択かもしれないし」
少しだけ、こちらを見る。
「それとも、気づくことかもね」
そのとき。
空気が、ほんのわずかに揺れた。
風が吹いたわけでもないのに、何かが変わったとわかる。
「――記録、正常」
第三の声が、どこからともなく聞こえた。
振り向く。
いつの間にか、少し離れた位置に人影がある。
白でも黒でもない、曖昧な色の衣服。
立っているのに、床と繋がっていないように見える。
「……誰だ」
思わず聞く。
「管理者です」
それは、迷いなく答えた。
「この領域の維持と調整を担当しています」
「領域……?」
言葉の意味はわかるはずなのに、ここでは少しだけずれる。
「簡単に言えば」
管理者は、少しだけ考えるように間を置く。
「あなたたちの“見ている場所”です」
その表現に、わずかな違和感が残る。
「見てる……?」
「ええ」
短い肯定。
「あなたたちは、ここを体験していると同時に、観測しています」
もう一人が、小さく笑う。
「難しい言い方するね」
「正確に言う必要がありますので」
感情の薄い返答だった。
「……じゃあさ」
その人物が、管理者に向き直る。
「僕たちは何をしてるの?」
「現時点では」
ほんのわずかに、視線が動く。
「再現です」
「再現?」
「過去の選択、あるいは未確定の分岐を、一定条件下で繰り返しています」
言葉は理解できる。
だが、納得はできない。
「……俺たちは、前にもここに来てるのか」
「はい」
即答だった。
「複数回」
静かな空間に、その言葉だけが残る。
「……何回」
「記録上は」
管理者は、少しだけ目を伏せる。
「同一のパターンが確認されています」
数は言わない。
言えないのかもしれない。
「へえ」
もう一人が、軽く息を吐く。
「じゃあ、毎回同じことしてるの?」
「ほぼ」
短い肯定。
「ただし」
わずかな間。
「一部に揺らぎがあります」
その言葉に、自然と視線が重なる。
「揺らぎ?」
「はい」
管理者は、こちらを見た。
「あなたがたの“選択”において」
心臓が、ほんの少しだけ強く打つ。
「……何を選ぶ」
「それは」
管理者は、すぐには答えない。
代わりに、少しだけ近づく。
「この状態を維持するか、変化させるか」
空気が、静かに張り詰める。
「維持っていうのは?」
「何もしないこと」
「変化は?」
「何かを決めること」
シンプルすぎる説明だった。
「……例えば」
言葉を探す。
「ここから出る、とか?」
「可能性の一つです」
否定はされない。
「ただし」
ほんのわずかに声が低くなる。
「その結果は保証されません」
「つまり?」
「失敗するかもしれません」
あっさりと言う。
まるで、それが当然であるかのように。
「……成功は?」
「未確認です」
沈黙。
長い、長い沈黙。
白い空間は、何も変わらない。
だが、確実に何かが動いている気がする。
「ねえ」
もう一人が、ゆっくりと口を開く。
「これってさ」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「僕たちが決めてるのかな」
その問いは、軽いようでいて、深かった。
「それとも」
視線が、どこか遠くへ向く。
「もう決まってる?」
管理者は、すぐには答えない。
ほんのわずかに、視線を外す。
その先は、空間の外。
「――観測されています」
静かな声だった。
「あなたがたの選択も、この対話も」
そして。
「その迷いも」
誰も動かない。
動けない。
ただ、感じている。
ここには、自分たちだけではない何かがある。
「……なら」
ゆっくりと息を吸う。
そして、一度止める。
理由はわからない。
だが、それが自然だった。
「決めるしかないのか」
「はい」
短い肯定。
「毎回、そうしています」
その言葉に、わずかな引っかかりが残る。
「毎回、か」
繰り返す。
意味を確かめるように。
「……今回は」
視線を上げる。
白い空間の先。
何もないはずの場所。
「変えてみるか」
小さく言う。
その言葉が、前と同じなのか、違うのか。
確かめる方法はない。
ただ一つ。
この瞬間も、どこかで見られているという感覚だけが、
なぜか、はっきりと残っていた。




