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宿生奇縁  作者: vastum
3/21

「判決は、終わっていない」


 扉は、最初から閉じていたわけじゃない。

 気づいたときには、もう戻れなくなっていた。


 白い部屋だった。

 病室にも、取調室にも似ている。

 だが、そのどちらでもない。


「……ここは、どこだ」


 男は、ゆっくりと起き上がる。

 手錠はない。鎖もない。

 だが、逃げられる気もしなかった。


「“途中”です」


 声は、正面から聞こえた。


 椅子に座る男が一人。

 整った服装、整った姿勢、整いすぎた表情。


「……誰だ、お前」


「あなたを“判断する側”の人間です」


 男は、笑った。


「もう終わった話だろ。判決も、執行も」


「ええ、“一度目は”」


 その言い方に、男の笑みが止まる。


「……どういう意味だ」


「あなたは、ここに来るのが初めてではありません」


 静かな声だった。


 だが、妙に確信がある。


「ふざけるな。俺は——」


 言いかけて、止まる。


 記憶が、少しだけ揺れた。


「……覚えていないだけです」


 男は、苛立つ。


「都合のいいこと言いやがって。証拠は?」


「ありません」


 即答だった。


「ただ、結果は残っています」


 男は、眉をひそめる。


「何のだ」


「あなたの“選択”です」


 その瞬間。


 もう一つの気配が、背後に現れた。


「――また同じ問いをしている」


 振り返る。


 そこには、誰とも言えない存在が立っていた。

 輪郭はあるのに、定まらない。


「……誰だ」


「案内人です」


 それは、穏やかに言った。


「あなたがここに来るたびに、迎えに来る」


 男は、舌打ちした。


「来るたび、だと?」


「ええ」


 案内人は頷く。


「何度も」


 沈黙が落ちる。


 男は、笑おうとした。

 だが、うまく笑えなかった。


「……冗談だろ」


「あなたは、毎回同じことを言います」


 裁く側の男が、静かに言う。


「“これは初めてだ”と」


「当たり前だろ」


「ええ、“今回のあなたは”」


 また、その言い方だ。


 男は、苛立ちを隠さない。


「じゃあ聞くが、俺は何をした」


 その問いに、わずかな間。


「あなたは、殺しました」


「……知ってる」


「そして、選びました」


「何をだ」


「引き金を引くことを」


 男の視線が鋭くなる。


「正当防衛だ」


「毎回、そう主張します」


「事実だ」


「ええ、“あなたにとっては”」


 空気が重くなる。


「……だったら何だ。ここでまた裁くのか?」


「いいえ」


 裁く側の男は、首を横に振る。


「あなたは、すでに“裁かれた後”にいます」


「なら終わりだろ」


「いいえ」


 今度は、案内人が口を開く。


「終わっていません」


「何がだ」


「選択が」


 男は、理解できないという顔をした。


「……俺はもう死んでるんだろ」


「ええ」


「なら、何を選べっていう」


 案内人は、ゆっくりと歩み寄る。


「もう一度、同じ場面に立つかどうか」


 その言葉に、空気が変わる。


「……同じ場面?」


「あなたは、毎回そこに戻る」


 裁く側が続ける。


「そして、同じ状況で、同じ判断をする」


「そんなはずは——」


「あります」


 断言だった。


「あなたは、選ぶ側の人間です」


 その言葉は、重かった。


「誰かを救うか、殺すか。見逃すか、終わらせるか」


 男の呼吸が、わずかに乱れる。


「……違う」


「ええ、毎回そう言います」


 案内人が、静かに重ねる。


「ですが」


 一歩、近づく。


「あなたの癖は変わらない」


 男の手が、無意識に動く。


「引き金を引く前に、一度だけ息を止める」


 その瞬間、空気が止まった。


「……何で、それを」


「見ているからです」


 裁く側の男が、ゆっくりと視線を上げる。


「あなたを」


 そして。


 その視線は、男ではない。


 その外側。


「――観測されています」


 案内人が、穏やかに言う。


「あなたも、私たちも、この選択も」


 男は、何も言えなかった。


 ただ、感じている。


 さっきからずっと、何かに“見られている”。


 逃げ場はない。


 隠れる場所もない。


「……なら」


 男は、ゆっくりと息を吐く。


 そして、止める。


 その癖は、変わらない。


「今回は、変える」


 短く言った。


 裁く側は、何も言わない。


 案内人も、止めない。


 ただ、見ている。


 あなたと同じように。


「同じ選択はしない」


 男は、繰り返す。


 その声は、少しだけ震えていた。


「……そうですか」


 案内人が、静かに頷く。


「では、行きましょう」


 扉が、いつの間にか開いている。


 白の向こうに、別の“場面”がある。


「次の、同じ場所へ」


 男は、一歩踏み出す。


 その瞬間、ほんのわずかに理解する。


 この先で、自分は——


 また“選ばされる”。


 そして。


 その選択が、すでにどこかで見られていることも。


 それでも。


 男は止まらない。


 止まれない。


 選ぶために、ここにいるのだから。

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