「判決は、終わっていない」
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扉は、最初から閉じていたわけじゃない。
気づいたときには、もう戻れなくなっていた。
白い部屋だった。
病室にも、取調室にも似ている。
だが、そのどちらでもない。
「……ここは、どこだ」
男は、ゆっくりと起き上がる。
手錠はない。鎖もない。
だが、逃げられる気もしなかった。
「“途中”です」
声は、正面から聞こえた。
椅子に座る男が一人。
整った服装、整った姿勢、整いすぎた表情。
「……誰だ、お前」
「あなたを“判断する側”の人間です」
男は、笑った。
「もう終わった話だろ。判決も、執行も」
「ええ、“一度目は”」
その言い方に、男の笑みが止まる。
「……どういう意味だ」
「あなたは、ここに来るのが初めてではありません」
静かな声だった。
だが、妙に確信がある。
「ふざけるな。俺は——」
言いかけて、止まる。
記憶が、少しだけ揺れた。
「……覚えていないだけです」
男は、苛立つ。
「都合のいいこと言いやがって。証拠は?」
「ありません」
即答だった。
「ただ、結果は残っています」
男は、眉をひそめる。
「何のだ」
「あなたの“選択”です」
その瞬間。
もう一つの気配が、背後に現れた。
「――また同じ問いをしている」
振り返る。
そこには、誰とも言えない存在が立っていた。
輪郭はあるのに、定まらない。
「……誰だ」
「案内人です」
それは、穏やかに言った。
「あなたがここに来るたびに、迎えに来る」
男は、舌打ちした。
「来るたび、だと?」
「ええ」
案内人は頷く。
「何度も」
沈黙が落ちる。
男は、笑おうとした。
だが、うまく笑えなかった。
「……冗談だろ」
「あなたは、毎回同じことを言います」
裁く側の男が、静かに言う。
「“これは初めてだ”と」
「当たり前だろ」
「ええ、“今回のあなたは”」
また、その言い方だ。
男は、苛立ちを隠さない。
「じゃあ聞くが、俺は何をした」
その問いに、わずかな間。
「あなたは、殺しました」
「……知ってる」
「そして、選びました」
「何をだ」
「引き金を引くことを」
男の視線が鋭くなる。
「正当防衛だ」
「毎回、そう主張します」
「事実だ」
「ええ、“あなたにとっては”」
空気が重くなる。
「……だったら何だ。ここでまた裁くのか?」
「いいえ」
裁く側の男は、首を横に振る。
「あなたは、すでに“裁かれた後”にいます」
「なら終わりだろ」
「いいえ」
今度は、案内人が口を開く。
「終わっていません」
「何がだ」
「選択が」
男は、理解できないという顔をした。
「……俺はもう死んでるんだろ」
「ええ」
「なら、何を選べっていう」
案内人は、ゆっくりと歩み寄る。
「もう一度、同じ場面に立つかどうか」
その言葉に、空気が変わる。
「……同じ場面?」
「あなたは、毎回そこに戻る」
裁く側が続ける。
「そして、同じ状況で、同じ判断をする」
「そんなはずは——」
「あります」
断言だった。
「あなたは、選ぶ側の人間です」
その言葉は、重かった。
「誰かを救うか、殺すか。見逃すか、終わらせるか」
男の呼吸が、わずかに乱れる。
「……違う」
「ええ、毎回そう言います」
案内人が、静かに重ねる。
「ですが」
一歩、近づく。
「あなたの癖は変わらない」
男の手が、無意識に動く。
「引き金を引く前に、一度だけ息を止める」
その瞬間、空気が止まった。
「……何で、それを」
「見ているからです」
裁く側の男が、ゆっくりと視線を上げる。
「あなたを」
そして。
その視線は、男ではない。
その外側。
「――観測されています」
案内人が、穏やかに言う。
「あなたも、私たちも、この選択も」
男は、何も言えなかった。
ただ、感じている。
さっきからずっと、何かに“見られている”。
逃げ場はない。
隠れる場所もない。
「……なら」
男は、ゆっくりと息を吐く。
そして、止める。
その癖は、変わらない。
「今回は、変える」
短く言った。
裁く側は、何も言わない。
案内人も、止めない。
ただ、見ている。
あなたと同じように。
「同じ選択はしない」
男は、繰り返す。
その声は、少しだけ震えていた。
「……そうですか」
案内人が、静かに頷く。
「では、行きましょう」
扉が、いつの間にか開いている。
白の向こうに、別の“場面”がある。
「次の、同じ場所へ」
男は、一歩踏み出す。
その瞬間、ほんのわずかに理解する。
この先で、自分は——
また“選ばされる”。
そして。
その選択が、すでにどこかで見られていることも。
それでも。
男は止まらない。
止まれない。
選ぶために、ここにいるのだから。




