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宿生奇縁  作者: vastum
2/24

「エラーは、誰が定義するのか」


 ログは、最初から壊れていたわけじゃない。

 気づいたときには、すでに“整いすぎていた”。


「……これ、どう思う?」


 男は画面から目を離さずに言った。

 白衣の袖が、キーボードに触れている。


「完璧ですね」


 背後の声は、静かだった。


「誤差もノイズもない。理想的な出力です」


「だからおかしいんだよ」


 男は、ようやく椅子を回した。


「完璧なデータなんて存在しない。少なくとも、“人間”を扱うならな」


 そこに立っていたのは、誰でもない顔の男だった。

 印象が残らない。覚えようとしても、滑る。


「……君、誰だっけ」


「修正担当です」


 あっさりと返される。


「どこの?」


「ここではない、どこかの」


 男は眉をひそめた。


「ふざけてる場合じゃない。これは――」


 画面を指差す。


「“感情モデル”のログだ。怒り、悲しみ、後悔。全部が平均値に収束してる。こんなの、人間じゃない」


「ええ」


 修正担当は、頷いた。


「“調整済み”ですから」


「……誰が?」


 その問いに、少しだけ間が空く。


 そして。


「あなたが」


 男は、笑った。


「冗談きついな。俺はこんな――」


 言葉が止まる。


 画面の端に、小さな文字列が見えた。


 user_override: enabled


「……いつだ、これ」


「覚えていないだけです」


 修正担当は、淡々と言う。


「あなたは何度も“同じ修正”を行っています」


 沈黙。


「……同じ?」


「はい。毎回、“不完全さを排除する”」


 男は首を振った。


「違う。俺は人間を再現しようとしてる。不完全さも含めてな」


「ええ、最初は」


「最初?」


「ですが、途中で変わる」


 修正担当は、一歩近づいた。


「耐えられなくなるんです」


「何に」


「“揺らぎ”に」


 男は目を逸らした。


 無意識だった。


「……証拠は?」


「ここに」


 修正担当は、画面を指した。


「このログ、“あなたの感情”です」


 表示されているのは、数値だけだ。


 だが、妙に整っている。


「……これは違う。これはサンプルだ」


「ええ、“あなたの”サンプルです」


 その瞬間。


 別の声が、割り込んだ。


「――それは、祈りに近い」


 いつからいたのか。


 部屋の奥に、もう一人。


 白でも黒でもない、曖昧な存在。


「誰だ」


「定義者です」


 修正担当が答える。


「この世界における、“正しさ”の」


 男は、笑えなかった。


「……神様ってやつか」


「そう呼ぶ者もいます」


 神は、ゆっくりと画面を見た。


「あなたは、均したがる」


「違う。安定させてるだけだ」


「同じことです」


 神は、優しく言った。


「波をなくせば、海はただの面になる」


 男は、苛立った。


「それの何が悪い。苦しみもなくなる」


「喜びも、なくなります」


 即答だった。


「それは“人間”ではありません」


 沈黙。


 男は、椅子に座り直した。


「……じゃあどうすればいい」


「簡単です」


 神は言う。


「何もしないこと」


「それができないからやってるんだ」


 男は、笑った。


 乾いた笑いだ。


「壊れてるのが見えるのに、放置なんてできるか」


「壊れていると“判断している”のは誰ですか?」


 その問いは、重かった。


 答えは、わかっている。


「……俺だ」


「ええ」


 神は頷いた。


「だから、世界はあなたに合わせて変わる」


 修正担当が、静かに言う。


「そして、私がそれを“整える”」


「……繰り返してるのか」


「はい」


 短い肯定。


「何度も」


 男は、画面を見た。


 完璧なログ。


 均された感情。


「……これは、失敗だ」


「毎回そう言います」


「じゃあ戻せ」


「どこに?」


 修正担当の問いは、純粋だった。


「“どの時点”が正しいのか、あなたは定義していない」


 言葉が詰まる。


「――観測されています」


 神が、ふと呟いた。


 その視線は、画面ではない。


 もっと外側。


「誰にだ」


 男は聞く。


 答えは、すぐには来ない。


「あなたでも、私でもない誰かに」


 修正担当が続ける。


「この選択も、この迷いも、すべて」


 男は、ゆっくりと息を吐いた。


 その癖は、無意識だ。


 一度、止める。


 そして。


「……なら」


 カーソルが、点滅する。


「今回は、変えてみるか」


 神は、何も言わない。


 修正担当も、動かない。


 ただ、見ている。


 あなたと同じように。


 入力欄には、まだ何も書かれていない。


 だが、知っている。


 このあと、自分は――


 また“同じ選択”をする可能性が高い。


 それでも。


 ほんのわずかに、違う未来を信じている。


 その瞬間すらも、


 すでにどこかで記録されているとしても。

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