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宿生奇縁  作者: vastum
14/24

「言葉にした瞬間の、責任」


 画面の中の言葉は、発された瞬間に現実とは切り離されてどこか別の場所に保存されるような感覚があって、だからこそ軽く扱えると思ってしまうのかもしれないが、その軽さがどこまで許されるのかを正確に測ったことは一度もなく、それでも日々何かを発信し続けているという事実だけが、やけに現実的な重さとして残り続けていた。


「……これでいいか」


 投稿画面を見つめる。


 短い文章。


 動画の切り抜き。


 少しだけ刺激的な言葉。


 バズる要素は揃っている。


 たぶん。


 いや、ほとんどの場合、これで伸びる。


 そういう“流れ”を、体が覚えている。


「……まあ、いいか」


 小さく呟く。


 考えても仕方がない。


 結局、出すか出さないかだ。


 どちらでもいいようでいて、どちらでもよくない。


 ほんの一瞬、指が止まる。


 理由はわからない。


 ただ、なぜかそのまま押してしまうのが“いつも通り”な気がした。


 送信。


 画面が切り替わる。


 それで終わり。


 のはずだった。



 反応は、早かった。


 いいねが増える。


 コメントが流れる。


 拡散される。


 数字が伸びる。


「……やっぱりな」


 予想通りだ。


 それがわかっているから、こういう言葉を選ぶ。


 刺激があって、共感もあって、少しだけ引っかかる。


 そのバランス。


「……これでいい」


 そう思う。


 思うのに。


 なぜか少しだけ、引っかかる。


 どこかで見た流れ。


 同じような反応。


 同じような言葉。


「……前にも」


 言いかけて、やめる。


 思い出す必要はない。


 たぶん、似たようなことは何度もやっている。



 数時間後。


 通知が止まらない。


 内容が、少し変わってきている。


「……なんだこれ」


 画面をスクロールする。


 怒りの言葉。


 否定。


 批判。


 そして。


「……遺族?」


 その単語が、目に入る。


 指が止まる。


 ほんの一瞬。


 だが、さっきとは違う重さ。


 投稿を見返す。


 問題の部分。


 誰かの事故について触れている。


 軽く。


 ネタとして。


「……そんなつもりじゃ」


 言いかけて、止まる。


 “そんなつもりじゃない”は、意味を持たない。


 出した時点で、それはそうなる。


「……どうする」


 小さく呟く。


 削除か、放置か。


 どちらでもいいようでいて、どちらでもよくない。


 また、同じ迷い。


 ほんの一瞬。


「……」


 考える。


 その間にも、コメントは増える。


 時間は進む。


 いや、進んでいるのかどうかも、少し曖昧になる。



「削除を推奨します」


 静かな声が、後ろからする。


 振り向く。


 スーツ姿の人物。


 見覚えはない。


 だが、どこかで見たような気がする。


「……誰だ」


「弁護士です」


 あっさりと答える。


「この状況において、最も適切な対応を提案します」


「……頼んでない」


「必要です」


 即答だった。


「あなたの発言は、特定の個人に対する影響を持っています」


「そんなつもりじゃ」


「関係ありません」


 遮られる。


「意図ではなく、結果が問題です」


 言葉が、重い。


「……削除すればいいのか」


「それも一つの選択です」


 断定しない。


 だが、誘導している。


「ただし」


 わずかな間。


「完全には戻りません」


 その言葉に、胸の奥がざわつく。


「……どういう意味だ」


「記録は残ります」


 静かに言う。


「観測された時点で」


 その言い方に、何かが引っかかる。


 だが、今はそれを深く考えない。



 玄関のチャイムが鳴る。


 もう一度。


 少しだけ強く。


「……誰だよ」


 ドアを開ける。


 そこに立っていたのは、一人の人物。


 表情は、ほとんど動かない。


 だが、その静けさが逆に重い。


「……あなたが、投稿した人ですか」


 確認するように言う。


「……そうだけど」


「……そうですか」


 それだけで、少しだけ空気が変わる。


「……何か用ですか」


「用というか」


 少しだけ間を置く。


「確認です」


「何を」


「あなたが、選んだのかどうか」


 その言葉に、思考が止まる。


「……は?」


「その言葉を」


 続ける。


「本当に、自分で選んだのか」


 意味がわからない。


 だが、否定もできない。


「……当たり前だろ」


「そうですか」


 頷く。


 だが、納得しているわけではない。


「……なら」


 静かに言う。


「それも、仕方ないですね」


 その一言が、妙に重い。


「……何が」


「結果です」


 短く。


「それも、選択の一部なので」


 その言い方が、どこかで聞いたような気がする。


 だが、思い出せない。



 沈黙。


 長く、重い沈黙。


「……削除します」


 思わず言う。


 誰に向けた言葉でもない。


 だが、確かに誰かに向けている。


 スマホを取り出す。


 投稿を開く。


 削除ボタンに指を置く。


 ほんの一瞬。


 息が止まる。


 理由はわからない。


 だが、それが“いつもの動き”のような気がした。


「……」


 押す。


 画面が切り替わる。


 投稿は消える。



「遅いですね」


 弁護士が、小さく言う。


「……は?」


「もう観測されています」


 淡々とした声。


「結果は、変わりません」


 その言葉に、何かが崩れる。


「……じゃあ、意味ないのか」


「意味はあります」


 すぐに返す。


「揺らぎとして」


 その言葉に、なぜか既視感。


 どこかで聞いた。


 だが、思い出せない。



 ドアの前の人物が、静かに言う。


「……でも」


 少しだけ、間を置く。


「違う選択をしたのは、初めてかもしれません」


 その一言で、空気が変わる。


「……初めて?」


「たぶん」


 断定しない。


 だが、否定もしない。


「……覚えてないだけかもしれませんけど」


 その言葉が、深く刺さる。



 部屋に戻る。


 スマホを見る。


 通知は、まだ止まらない。


 投稿は消えた。


 だが、残っている。


 どこかに。


 確実に。



 ただ一つ。


 今回は、ほんの少しだけ、


 前とは違う選択をした気がするという感覚だけが、


 理由もなく、残り続けていた。


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