「一度だけの、繰り返し」
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時間は、進んでいるように見えて実際には同じ場所を何度もなぞっているのではないかと考えたことは一度や二度ではなく、それがただの思い込みなのか、それとも何かしらの感覚として残っているものなのかを確かめる方法を知らないまま、それでも今日という日がまた始まっていることだけは、疑いようのない事実として受け入れていた。
「……また、ここか」
朝の光は、昨日と同じ角度から差し込んでいる。
カーテンの隙間、床に落ちる影の形、すべてが一致している。
時計を見る。
同じ時刻。
秒針の動きすら、見覚えがある。
「……やっぱり」
小さく呟く。
これは、初めてじゃない。
何度も繰り返している。
証拠はない。
だが、確信はある。
「……今日は、変える」
ベッドから起き上がる。
昨日とは違う動きをする。
いつもは右足から床につく。
今日は、左から。
それだけのこと。
だが、それが重要な気がした。
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外に出る。
道は、二つに分かれている。
右に行けば、いつものルート。
左に行けば、少し遠回り。
「……」
足が止まる。
ほんの一瞬。
迷う時間は、毎回同じくらいだと気づく。
「……今日は、左」
小さく言う。
決める。
その瞬間、胸の奥で何かがわずかに動く。
それが何かはわからない。
ただ、前とは違う気がした。
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公園に出る。
見覚えのある場所。
ベンチが一つ。
自動販売機。
どこかで見たことがある。
いや、何度も見ている。
「……ここ、前も」
言いかけて、やめる。
言葉にしても意味はない。
わかっていることだから。
ベンチに、誰かが座っている。
初めて見る顔。
のはずなのに。
「……あれ」
なぜか、少しだけ驚く。
その人物は、こちらを見る。
「来たんだ」
軽く言う。
「……知ってるのか」
「うん」
あっさりと頷く。
「だいたい同じ時間に来るから」
その言い方に、違和感。
「……初めて来た」
「そう思ってるのは君だけ」
笑うでもなく、淡々と言う。
「何回目?」
「……何が」
「ここに来るの」
言葉が詰まる。
答えはわからない。
だが、ゼロではない。
「……覚えてない」
「だろうね」
あっさりと納得される。
「でも、同じだよ」
ベンチの隣を軽く叩く。
「座る?」
一瞬迷う。
だが、その動きもどこか見覚えがある気がした。
「……座る」
結局、同じ行動を選ぶ。
それに気づいて、少しだけ息が止まる。
ほんの一瞬。
「ほらね」
隣の人物が言う。
「また同じ」
「……違う」
思わず否定する。
「今日は、変えた」
「何を?」
「道」
短く答える。
「右じゃなくて、左」
その人物は、少しだけ目を細める。
「へえ」
軽く言う。
「それも、やってるよ」
その一言で、空気が変わる。
「……何だって?」
「右も、左も、どっちも」
肩をすくめる。
「でも、ここに来る」
言葉が出てこない。
「……じゃあ意味ないのか」
「意味はあるよ」
すぐに返す。
「たぶん」
その“たぶん”が、やけに重い。
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「――意味は、あります」
第三の声が入る。
振り向くと、少し離れた場所に人影がある。
静かに立っている。
風の中でも、動かない。
「……誰だ」
「観測補助ではありません」
なぜか、その言い方が先に来る。
「時間操作担当です」
言葉の意味が、すぐには理解できない。
「……何を」
「巻き戻しています」
あっさりと言う。
「この一日を」
空気が、止まる。
「……は?」
「あなたが認識している通りです」
淡々と続ける。
「同一の時間を、複数回」
隣の人物が、小さく笑う。
「ほらね」
「……お前、知ってたのか」
「全部じゃないけど」
肩をすくめる。
「なんとなく、わかる」
その“なんとなく”が、軽くない。
「……なんで」
「君が毎回、同じところで迷うから」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
「……同じところ」
「うん」
頷く。
「右か左か」
「座るかどうか」
「帰るかどうか」
一つ一つ、当ててくる。
「……全部、同じか」
「ほとんどはね」
少しだけ間を置く。
「でも」
視線が、こちらに向く。
「ほんの少しだけ、違う」
その言葉に、息が止まる。
また、一瞬だけ。
「……それが」
言葉を探す。
「意味か」
「かもしれない」
断定しない。
だが、否定もしない。
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時間操作担当が、静かに言う。
「記録は、残っています」
「……何の」
「揺らぎです」
その言葉に、研究者の話が一瞬だけ頭をよぎる。
なぜかはわからない。
だが、似ている。
「……揺らぎ」
「はい」
頷く。
「完全な一致ではない」
「それが、例外です」
その言葉で、何かが繋がる。
完全ではない。
少しだけ違う。
「……じゃあ」
ゆっくりと立ち上がる。
「今回は、変えられるのか」
「可能性はあります」
即答ではない。
だが、否定でもない。
「……保証は?」
「ありません」
短い答え。
だが、それで十分だった。
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ベンチを離れる。
今度は、座らない。
その選択が、どれほど意味を持つのかはわからない。
だが、動く。
「……行く」
誰に向けた言葉でもない。
だが、確かに何かに向けている。
「どこに?」
隣の人物が聞く。
「さあ」
少しだけ笑う。
「まだ決めてない」
その答えは、初めてだった気がした。
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その瞬間。
ほんのわずかに、空気が変わる。
音がずれる。
風の流れが、わずかに違う。
「……記録更新」
時間操作担当が、小さく呟く。
「揺らぎ、増加」
その言葉は、誰にも届かない。
届く必要もない。
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時間は、また巻き戻るかもしれない。
同じ一日が、繰り返されるかもしれない。
だが。
ほんの少しだけ。
前とは違う気がするという感覚だけが、
確かに、残っていた。




