たたむ ᵕ ᵕ 。 洗い流せないもの
現場を押さえられては言い逃れもできず、グラナートは投獄された。
立件は未だだが、後から後から細かな罪が粉雪のように降り積もり、おそらく生きては出られないだろう。
立件自体は司法の仕事だが、領地の差し押さえ、後継の選出、グラナート派一掃による勢力図の塗り替え……諸々が絡み合って、リーンハルトは目下、書類に埋もれていた。
そこへドリーが新たな書類の山を抱えて、執務室の扉を叩いた。
「これが本当のお仕事ですよ。大立ち回りは、王子の業務ではありません」
溜息をつく青年をドリーは窘めるが、リーンハルトは食い下がった。
「しかしお前の持っているそれは、本来私の書類ではないようだが」
「差し入れの恩を返せ、と」
すまして言うと、ドリーは書類の山の上に白い手巾をそっと置いた。
「……何度も洗ったのですが。少し、跡が残ってしまいました」
「ああ」
リーンハルトは検めもせずにそれを懐に押し込んで、書類に目を落とした。
「……お前、父上の影だったのか」
「正しく言うなら、王の間諜ですね。ランドリーメイドで採用されたはずなのに、洗濯魔法を面白がられて。兼業で良いからと」
本業がメイドなのも好都合だったようだ。高貴な人々はメイドが視界に入っても記憶には残らない。洗濯仕事の合間に「掃除」の手伝いを申し付けられるようになった。
隠し通路でリーンハルトに見つかったのも、そのときのことだ。
「王の、な。では、王位を継いだら私のものになるのか」
「…………。ご希望とあらば」
「いいな、面白い」
唇の端でふっと笑うのを見て、ドリーは堪らず苦言を呈した。
「殿下、その口癖、おやめになったほうが宜しいかと。今までそれで、どれだけの乙女が涙を流したか」
「口癖? なんのことだ」
突然難癖をつけられて、リーンハルトは鼻白んだ。
「いいですか。洗濯メイドに配属されて、いの一番に教わるのが手巾の扱いです。殿下が後生大事に身に着けている、女物の古びた手巾は、とびきり丁寧に洗うようにと……。不毛な想いに身を焦がす前に教えられるのです」
リーンハルトは押し黙ったまま懐に手を入れた。ドリーももう何も言わなかった。どうせ、他の手巾がどれだけ涙で濡れようと、彼はその1枚を手放すつもりなどこれっぽちもないのだ。
「……汚職に収賄に人身売買。他国の要人に奴隷を斡旋してから恐喝し、国際的にも影響力を得ようとしていたようです。すべての罪を償わせるには、100年あっても足りません」
「ああ。よくもまあ、ひとりでここまでやってのけたものだな」
ドリーが急に話題を変え、リーンハルトもそれに応じた。
「クレア妃の髪を切ったのも、グラナートの差し金だと供述が取れたそうです。アルヴァン公爵令嬢と婚約破棄させることで後ろ盾を失わせ、殿下の権勢を削ぐために謀ったことだと。追放されたアルヴァン嬢の名誉も回復されますね」
「……ああ」
噛みしめるように頷くリーンハルトの声には、朝日を浴びた紺碧の海のように深い感慨があった。
「だいぶ綺麗に、お洗濯できましたね……。殿下、次は何をされますか?」
「そうだな」
露わになった首筋に手をやって、リーンハルトは立ち上がった。
「新しい手巾でも貰いに行こうか。この書類は父上に返しておいてくれ」
「はい、殿下。……ご武運を」
慌ただしく辺境へ向かう王家の馬車を窓越しに見送ってから、ドリーは洗濯籠からジョーゼットのリボンを取り出した。結ばれているのは、銀糸のように艶やかな髪のひと房。
──お洗濯は好きだ。
泡の中で生まれ変わってゆく姿を見るのが好きだ。
だけど、どんなに心を込めて洗い流しても。
消えないものも、時にはあるのだ。
未練の束をそっと胸に押し当ててから、暖炉に放り、火をつける。
それがすっかり灰になるまで見届けてから、ドリーはやっと立ち上がった。
──ランドリーメイドの仕事に終わりはない。
今日も新しい汚れものが待っていることだろう。
洗い流せない思いをそっと抱いたまま、ドリーは前を向いた。
「さあ、次は何を洗おうか」
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最後まで読んでいただいてありがとうございました!
明日からシリーズ構成を変更し、悪役令嬢編の連載を開始する予定ですので、
引き続きお読みいただければ幸いです。




