取り込む ⋰o。⋱ 閃光
積み荷となっていた人々を開放し、生き残った船員を確保したころには、既に夜半を過ぎていた。
身体は泥のように疲れている。
しかしリーンハルトは指揮官に後始末を託し、自分は馬に飛び乗った。
「私は王都に戻る! 動けるものはついて来てくれ」
半裸の男たちが馬に飛び乗り、追従の意を示す。
ドリーもなんとか馬によじ登り、疲れた身体と馬の後躯に鞭を打った。
休むまもなく疾走し、関所の姿が見えてきたころ、前方から近付いてくる人影があった。
浮浪者のような風体に似合わぬ美しいフォームでこちらに向かって駆けてくる。
「殿下ぁ! どこに行ってたんですかぁ!」
浮浪者が大きく手を振ってくる。
──ラジーだ。
断りもなくリーンハルトの背に相乗りすると、ぷんと酒精のにおいがした。
「ヴォルフからの合図を受けて王城に行ったら、もぬけの殻じゃないですか。あいつがひとりで突っ込んじまう前に、迎えに来たんですよ」
喚く口元は幾本か歯が欠けているように見える。
「合図があってから、どれくらいだ」
港までの往復で、大分時間を食ってしまった。夜はもう白み始めている。
「頼むから、いい子にしててくれ……!」
祈るように呟くと、リーンハルトと小隊は本日2度目の突入に向かって東雲の下を駆けた。
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リーンハルトの背でラジーが垢じみた皮膚を剥がすと、中から浅黒い肌の青年が顔を出した。
「……それ、魔法なの?」
ラジーの素顔を初めて見たドリーは、作り物の皮を剥ぐ様子の気持ち悪さに眉をしかめた。
「いーや、日頃の鍛錬の賜物だね。ピンク髪の連中と違って、誰もが魔法を使えるわけじゃないっての」
次いで、もごもごと何かを吐き出すと、欠けているように見えた箇所に輝く白い歯が現れた。
「悪趣味の賜物の間違いだろう。ヴォルフは何か掴んだか」
リーンハルトはラジーが紙束をペラペラと振る音を背中で聞いた。
「帳簿の抜粋と、未記入のピ課税等級通知の束を預かってます」
「なら、証拠は充分だな。思う存分に暴れてやろう」
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ヴォルフがいるはずのクラブに着くと、リーンハルトは騎馬のまま豪奢な扉を蹴破った。
馬は前脚を高く掲げ、天を突くように立ち上がってから振り下ろす。全体重を乗せた鉄蹄が、落雷のごとき勢いで扉の正中を捉えた。
「ゴンッ!」という硬い衝撃音が響いた。闖入者など想定していない洒落た作りの戸板はひとたまりもなく、バリバリと乾いた音を立てて裂けていった。
玄関には、蹴り砕かれた木片が雪のように降り注いでいる。しかし、これだけの音を立てて突入したのに、迎え撃つものはいない。もうもうと立ち込める埃の向こう側には、殺気はおろか、呼吸の音ひとつ存在しなかった。
リーンハルトは馬を降り、興奮してカチカチと蹄を鳴らす愛馬の首を擦って労った。
なぜ誰もいない。既に移動した後なのか。
不安を覚えて辺りを見渡すと、大穴が開いて月光が差し込む廊下の隅で、小さな何かがちかりと光った。
「カフスの飾り石です。……ヴォルフのだ。続いてます」
点々と散らされた印を辿ると、クラブの厨房に続いていた。その隅にある地下貯蔵庫の入り口から、小さな明かりが漏れている。
金属音の出る鎧兵を下がらせ、貯蔵庫の蓋にそっと耳を近づける。
『ヴォルフの声と……民間人の声もする。殺傷力のある武器は使えない。なにか、目眩ましに使えるものはないか』
民間人を人質に取られると面倒だ。鳴り物入りで突撃したリーンハルトだが、ここにきて今更声を潜めた。
『閃光弾ならありますが……』
差し出された閃光弾は、制圧用の物ではなく、狼煙代わりに部隊で使っている魔道具だ。火薬を使わないため爆音は出ないが、目眩ましには充分だ。
『よし、魔石を有りったけ並列に繋げ。最大火力だ。──踏み込むぞ』
──「うちの王子様たちはそこまで悪趣味じゃないと思いたいがね」
貯蔵庫の蓋の下では、ヴォルフの声。こちらの存在に気付いたのか、挑発するような物言いで敵の気を逸らしている。
「──そこまでだ!」
閃光弾を放り込み、3秒待ってから貯蔵庫の中に飛び降りた。
広くはない貯蔵庫の壁は、格子作りの檻でみっしり埋まり、動ける敵は数人。
あとは目を押さえてのた打ち回る輩を刈り取るだけの作業だ。
「遅いですよ、リーンハルト殿下」
ピンク髪の女性を抱いて文句を言うヴォルフに片手を上げて、リーンハルトはひっくり返って悲鳴を上げている老人に近づいた。
「やあ! ヴィルヘルム・ド・グラナート伯爵ではないか。こんなところでお会いするとは奇遇だな」
白々しく朗らかな声をかけながら、その胸ぐらを引っ掴んで顔を近づけた。
「私は今、とある人身売買組織を追っているところなのだが……良ければ、少し話を聞いてもいいか? 幸いにも、ここには証人がたくさん居るようだ」
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
明日のエピローグで完結です。




