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洗濯メイドは掃除する  作者: さいべり屋


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6/8

干す ⋰⋱ 洗濯物じゃないから動かせませんo。


暮れ(なず)む空を仰いで、リーンハルトは騎馬の歩を進めた。


港までは距離がある。急いで制圧し、ヴォルフが事を動かす前に戻らねばならない。


しかし突如王城から吐き出される大量の兵士に、城下町はざわついている。見物人も多く、全速力などすれば事故が起きかねない。軍隊はパレードのようにじりじりと進み、手を振れば周囲から歓声があがる。


薄い唇に笑みを貼り付けながら、リーンハルトの胸に焦燥が募っていった。


「殿下、どうなさいましたか」


ドリーに声をかけられ、思考の沼に沈んでいたリーンハルトは息をついた。煌びやかな王子と兵士の隊列に、洗濯籠を積んだ馬に跨がるメイドは異質だ。


「……いや。あいつらが、私が戻るまで大人しくしているだろうかと」


「ラジェシュですからね」


肩を竦めるドリーにリーンハルトは苦笑いした。


「お前は付き合いが浅いからまだ知らないか。こういう時に無茶をするのは、……むしろヴォルフだ」


関所を抜けて城下町を出ると、人通りが減り道が開けた。リーンハルトは、よく通る声を張り上げ号令した。


「皆の者、行くぞ! 全速前進だ!」



------------------------------------------



「……いたぞ。あれか」


異国の女神像を船首に据えつけたその船は、遠目からでもよく見えた。一見なんの変哲もない貨物船のようだが、その大きさは際立っている。


しかし、目立つのはこちらも同じのようだ。100を超える兵団の襲来を見て取ってか、船が出航の準備を始めた。帆が張られ、(もや)いが切られ、船はゆっくりと岸から離れていく。


「ドローン隊、前へ!」


合図と共に幾らかの兵士が空を舞う。


しかしその他の者たちは、岸壁を前に蹈鞴を踏むしかない。


「ドリー、あの船を動かすことはできるか」


「無理です」


「では、あの(もや)いをこちらに戻せ。固定している間に、艀で向かう」


「無理です」


歯噛みしながら指示を下すリーンハルトに、ドリーは短く答えた。


「何故だ。物を動かす魔法を使えるんだろう」


「洗濯物じゃないから動かせません」


「……は?」


一瞬、意味を掴みそびれた王太子の顔に、ドリーはやけっぱちで叫んだ。


「洗濯物じゃ、ないから、動かせません! わたしに動かせるのは、お洗濯に関するものだけ!」



------------------------------------------



想定外の告白に呆気にとられたリーンハルトの脳裏に、ひらひらとジョーゼットのリボンが舞った。


「……洗濯物が、あればいいんだな」


リーンハルトは己の肩から紺のマントをむしり取り、海へ(ほう)った。


ドリーはあの時、ラジーのリボンをわざわざ一度投げ捨てた。


「お前らみんな、服を脱げ! 上衣を脱いで海へ投げ捨てろ!」


兵たちは訳が分からないながらも、指示に従って服を脱ぎ、我先に海へと放り込んだ。


一度着て脱いだ、汗の染み込んだ、投げ捨てられて塩水を吸った衣類の山。


紛うかたなき「洗濯物」だ。


リーンハルトは今度こそ自信満々にドリーに命じた。


「ドリー! あの(もや)いをこちらに戻せ!」


「御意!」



それは大きなうねりとなって、ぎちぎちと絡まり、巨大な1本の綱となった。


切れた(もや)いに喰らいつき、他方はボラードにぐるぐる結ばれ、岸と船とを強固に結んだ。


そのまま綱を手繰り寄せる。魔力の量には自信があったドリーだが、船一艘を動かしたことはさすがにない。踏ん張るとあまりの重さに顔が紅潮し、ガンガンと殴られるような頭の痛みに、ぐぅ、と喉の奥が鳴った。


「引け!」


リーンハルトの怒号で幾人もが綱に取り付き、渾身の力で引き寄せる。


ドローン隊が上から帆を裂き、船員たちと切り結ぶ姿が遠くに見える。


誰かが操舵を奪ったのか、舳先がゆっくりとこちらを向き出す。


「洗濯魔法……面白いな!」


自らも綱に取り付きながら、リーンハルトが破顔するのが見える。


ーー玩具を貰った子供みたいだ。


その顔があんまり眩しくて、ドリーは瞼をきつく結んで力を込めた。



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勢いづいた船が岸壁に叩きつけられ、轟音と共に大穴を開けた。


兵たちは躊躇いもせず悪魔の顎に飛び込んでいく。


「長くは保たん! 沈没する前に民を逃がせ!」


鋭く指示を飛ばしてから、リーンハルトはへたり込んでいるドリーを覗き込んだ。


「よくやった。あとは任せて、少し休め」


「いえ! まだやれます!」


その声にぱっと顔を上げると、リーンハルトは薄い唇をへの字に曲げて、懐から手巾を取り出した。


それから、少し躊躇って──ドリーの鼻に押し付けた。


「はひゃっ。……殿下、手巾に血が!」


それでやっと、ドリーは自分が鼻から血を流していることに気が付いた。


「構わない。その為の手巾だ」


それだけ言うとリーンハルトは立ち上がり、ドリーに背を向けて抜刀した。


「……洗濯して、お返しします」


「ああ。頼む」


戦いに身を投じた彼の姿は、すぐに見えなくなった。


ドリーは手のなかの手巾を広げてみた。


拙い刺繍の施された、女物の、古びた手巾を。


ドリーも大きく深呼吸すると、リーンハルトの後を追った。


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