脱水 ⋰⋱⋰⋱o。 大きすぎる差し入れ ⋱⋰⋱
「取り巻き女がグラナートの寄子を名乗ったと言質は取れた。面相も割れた。女の身元を当たらせろ。おそらく既に生きてはいまいが、グラナートとの関わりを炙り出せ」
リーンハルトが矢継ぎ早に指示を出していく。
「ボッティニ夫人の安全は最優先だ。隠れ家を用意し、しばらくは護衛もつけろ。──ラジー、ヴォルフにも共有したい。クラブの勤務が終わったらここへ寄るように伝えてくれ」
「了解、すぐ来るよう伝えてきます。にしても、夫人があからさまに狙われるくらいだ。ローゼンステイン領の方は大丈夫なんですか?」
「──ローゼンステインは遠い。守りも固い。めったなことは起こらないと思うが……」
そう言いながらも、募る不安が眉間の皺を深くしていく。
部下がそれぞれ散った後には、眉間に皺を刻んだリーンハルトが残った。
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「殿下! なんのつもりですか!」
「喧しいなヴォルフ。なんのことだ」
足音高く入室したヴォルフは、短く刈り揃えたリーンハルトの髪にぎょっとしたようだが、本人は気にする風もなく先を促した。
「なんだってクラブにラジーを寄越したんですか。よりにもよって、バニー姿で!」
「バニーじゃない、ヤマネコちゃんだ。似合ってただろ?」
連れ立って入ってきたラジーは上機嫌でヘラヘラしている。
「私はただ、任務が終わったらすぐここに来るように伝言しただけだが」
リーンハルトは疲れた顔を頬杖に乗せて溜息をついた。
「そんなの外で待ってりゃいいでしょうが! 命懸けの任務の最中に、野郎の網タイツを見せられる方の気にもなってくださいよ」
「時間がなかったから、下にまだ履いてるんだぜ。ルナちゃんにはこのお尻、すごく褒められたんだけどなあ。いいじゃないか、あの子。きつそうな美人で──お前好みだ」
「この──」
じゃれあうふたりを手を振って制し、リーンハルトは本題を切り出した。
「それで、ヴォルフを呼んだ理由だが。髪切り事件の実行犯の面が割れた」
眦を吊り上げたままのヴォルフの気配がぎりりと締まる。
「芋蔓式にグラナートの関与まで引っ張るつもりだ。ヴォルフ、ピ課税のほうは挙げられそうか」
「従業員がおかしな魔法で口封じされているので、証言集めには苦戦しています。奴らに都合の悪いことを話そうとすると、声が出なくなる魔法のようです。……でも、協力者が見つかりまして。あとちょっとで尻尾が掴めます」
リーンハルトの眉が上がったのを察して、ヴォルフが慌てて言い募る。
「声が出なくなる魔法か。あの修道院に似ているな……」
リーンハルトはしばらく黙ったまま苦虫を噛みつぶしていたが、徐ろに立ち上がった。
「よし、ヴォルフはその尻尾をがっちり掴め。私が帰ってきたら、一気に挙げる。心積もりをしておけ」
「帰ったら? 殿下はどちらに」
慌ただしく支度を調えながら、リーンハルトは背中越しに答えた。
「ローゼンステインだ」
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辺境から馬を駆って戻ってきた王太子は、やけに上機嫌に見えた。
部下たちを執務室に集め、露わになった首筋に手をやりながら不在の間の報告を受けている。
「奴ら、賄賂を取って累進ピ課税の等級を融通してます。税金を納めるよりは安く済むってんで、懐具合の寂しい下位貴族なんかが顧客のようです」
「確かに、髪色が濃いほど税率が高くなるからな。平民は手っ取り早く毛染めで逃げようとして、密告で玉砕している奴が多い。……お前みたいにな」
潜入捜査をするにあたって、ヴォルフの白金の髪を嬉々として斑ピンクに染めていたのはラジーだ。ただのピンクに染めなかったのは、如何にも食い詰めている感が出るようにとの彼なりのこだわりがあるらしい。
「証拠は」
ほんの少し、心をどこかに置いたような顔をして、しかしリーンハルトの返しは簡潔だった。
「まだです。応接室の中に証拠があるのは間違いないんですが、まだ探し出せていなくて」
「突入して制圧した方が早そうだな。ヴォルフ、頃合いを見計らって合図を寄こせ。ラジーは連絡係だ。ヴォルフに付いて待機して、すぐにこちらに伝えろ」
リーンハルトは思い出したように付け足した。「……外で」
ラジーは唇を尖らせ、ヴォルフは頷いた。
「ドリー、兵はどれくらい集められそうだ? いつでも出られるようにしておいてくれ」
「はい」
答えたドリーはそのまま執務室を辞そうとしたが、ヴォルフの声に立ち止まった。
「殿下、首をどうかしましたか」
「ああ、いや。まあ…………似合うか?」
らしくもなく、歯切れ悪くそう漏らす彼は、初めて見る、ただの青年の姿だった。
『ええ、とってもお似合いですわ、リーンハルト様』
ラジーが鈴を転がすような声で誰かの真似をした。
「……やめろ」
苦虫を噛み潰した男の耳が仄かな桃色に染まる。
ドリーはそれを見ていたくなくて、足早に部屋を抜け出した。
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部下が散開した後の執務室で、リーンハルトは突入に備えて最後の調整をしていた。
こんな野放図な犯罪が、なぜ今まで見逃されてきたのか。王としての父の手腕を認めているだけに、不可解な思いだけが残る。追いつめたと思えば、逃げ水のように消えてしまう。まるで、見えない何かに守られているように。
だが。
「……やっとだ」
ぽつりと零した声をかき消すように、性急なノックの音がした。
「殿下、グラナートの貨物船が船出の準備をしているようです。積み荷は拉致された人間の可能性が」
顔を出したドリーの固い声に、リーンハルトは弾かれたように立ち上がった。
「なんとか足止めしろ。ヴォルフとラジーを……。いや、いい。今いる兵で急ぎ向かうぞ」
剣を佩き、大股で執務室を飛び出そうとするリーンハルトに、ドリーが恭しくカードを差し出した。
「そのことですが、殿下。差し入れを預かっております」
「差し入れだと? 誰からだ」
ひったくるように受け取ったその紙片には、見覚えのある文字。
「陛下より、騎兵100人。──いつでも出撃可能です。」




