あわあわ o。⋰⋱o。⋰⋱. お掃除もする洗濯メイド
王家の馬車がバークレイ伯爵邸を出るとほどなく、ぎし、と音がして馬車が僅かに傾いた。
リーンハルトが速度を落とさせると、馬車の戸が乱暴に開けられ、先ほどの老紳士が飛び込んできた。続いて黒ずくめの服に身を包んだ、ピンクと白金の斑髪の青年も滑り込んでくる。
馬車はまた速度を上げて走り出す。
「いやあ、参っちゃうよ。今度こそと思ったのに、また白だなんて」
老齢には似つかわしくない軽い口調で言いながら、自らの白髪をぐいと引っ張ると、中から癖のある豊かな黒髪が現れた。そのまま髪の生え際からばりばりと顔の皮を引き剥がし、あっという間に浅黒い肌の輝くばかりの美青年に早変わりだ。
「……相変わらず気持ち悪いな、ラジー」
斑髪の青年が鼻を鳴らす。近衛隊3番隊長のラジェシュは、趣味が高じた変装の腕を買われ、リーンハルトから諜報任務を命じられているのだ。王太子自らが夜会に参加して人目を引く。その間に探りを入れていた彼の「ワインの色」の符牒を合図に、散々な夜会から撤収してきたという寸法だ。
「ピ課税なんて阿呆なもんが、賛成多数であっさり通っちまって、賛成派のバークレイ伯爵は、貧乏貴族から一転してビカビカの豪邸建設。やつがグラナートからカネを貰ったのは確実なんですけどね。成金どもにまじって聞き込んでみましたが、カスみたいな情報ばっかで」
ピンク髪特別課税、通称『ピ課税』──ピンク髪の国民から追加徴税をするという法案が可決され、ヴィルヘルム・ド・グラナートが担当大臣に収まったのだ。
不審に思ったリーンハルトが手の者を使って探らせているが、捗々しい成果は得られずにいた。
「俺も、夜会で手薄になった邸内を探ってみましたが、めぼしい証拠は出てこなかった」
斑髪の青年──ヴォルフも重ねて報告するが、今夜の釣果も今一つのようだ。
「最近、こんなんばっかですよ。あちこち潜入してみたけど、どいつもこいつも、シロばっかだ。あと一歩のとこまで追いつめても、掴みかけた瞬間に黒が白に変わっちまう。まるで魔法みたいに」
ラジーが天井を見上げて溜息ついた。近年では魔石を用いた技術の発展が目覚ましい。しかし魔法はその能力が属人的に過ぎ、使えるものも多くはないことから、未だに未知数の部分が多いのだ。
「馬鹿言え。そんなのあってたまるかよ。犯罪者が証拠を消す魔法なんて。──殿下、俺はこのままクラブに向かいます」
「ご苦労だな。ヴォルフ、そちらの動きはどうだ」
リーンハルトは頷き、斑髪の青年を労った。ヴォルフはピ課税担当大臣グラナートのカネの流れを探るため、とあるナイトクラブに従業員として潜入しているのだ。
「グラナートは一度客として来店しました。繋がりは、まだなんとも。ただ、怪しいバニーがいるのでマークしています」
「へえ、バニーか。いいなあ」
ラジーがあらぬところで身を乗り出した。
「やめろ、同僚の性癖は知りたくない。……好きなのか、バニー」
ヴォルフの問いに、変装の名手は曇りなき笑顔で応えた。
「ああ。ちょうどやってみたいと思ってた」
辟易した顔のヴォルフが、走る馬車から飛び降りて姿を消すと、リーンハルトは思い出したようにラジーに問うた。
「ラジー、ピンク髪のランドリーメイドを知っているか?」
「ピンク髪ですか? どうだったかなぁ……。リーンハルト殿下、やっと新しい婚約者を探す気になったんですか? その気になっただけでも有難いですが、できればご令嬢でお願いしたいんですが」
ラジーの軽口を、リーンハルトは一蹴した。
「いや。……先日、王城の隠し通路から出てきたピンク髪のメイドが、今日の夜会で給仕をしていた」
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陽当たりのよい王城の裏庭で、ドリーは胸に息を吸い込んだ。
吐き出す声に魔力を乗せて、「おいで」と優しく誘う。
すると、洗いあがりの湿った服が、桶の中から「ぴょこん」と立ち上がった。リズミカルに指を振るたびに、洗濯物たちは物干しロープに自ら飛び込んでいく。
「見事なものだ」
頭上からかけられた声にびくりとした拍子に魔法の制御が甘くなり、ロープを落しそうになった。寸でのところで持ち直し、土がつく前にロープの両端を物干し台にしっかりと固定する。
「──王太子殿下」
視線を上げると、銀糸の髪をさらりと流したリーンハルトが、窓から頬杖をついてこちらを眺めていた。
「物を自在に操る魔法か。面白いな。──待て」
頭を垂れつつ、視線を走らせて逃走経路を確認するドリーをリーンハルトは制したが、待てと言われて待つ阿呆がいるほどこの世の中は甘くない。
が。
「殿……っ」
リーンハルトが窓枠を超えてひらりと飛び降りてきたのだ。咄嗟にシーツを幾重にも展開するが、大の男を受け止めるには足りなすぎる。ドリーの喉がひゅっと鳴った。
──びゅうっ
急に突風が駆け巡り、ロープに張られた洗濯物がバタバタと音を立てた。風が目に入ったドリーが瞬きをした寸の間に、リーンハルトはドリーの目前に立っていた。
「捕まえた」
銀髪を少し乱したリーンハルトが、すました様子でドリーの肩を押さえた。
「風魔法を、お使いになるのですか」
青い顔のドリーにリーンハルトは片頬で笑った。
「いや、偶然だ。私は昔から運がいいんだ」
運に身を任せて、高貴な身に何かあったらどうするのか。冷静沈着に見える王太子には、意外と無茶な一面もあるようだ。
「その様子ではバークレイの間者というわけでもなさそうだな。あそこで何をしていた」
「少々、お掃除を頼まれまして」
「……誰に、と聞いても答えないのだろうな」
リーンハルトは答えを求める風もなく頷いた。
「掃除もするランドリーメイドか。面白い。お前、私を手伝わないか」
ドリーはしばらく目をぱちくりさせたあと、慎重に答えを探した。
「本業が御座いますので……。都合のつく時で宜しければ」
予想外の衝撃のためか、答えた声は少し掠れている。
「よし」
リーンハルトは満足そうに頷いた。
窓から飛び出す度胸といい、素性の知れぬメイドをスカウトする思い切りの良さといい、この王子、理知的な見た目によらず中々規格外だ。
「……親子ですね」
ドリーのつぶやきは、洗濯物のはためく音にかき消された。




